7月25日
5月の末に悲しい報告をした。
と言ってもいちいち記憶している人は少ないだろう。
テクニカのAT-ML170ボディ+同140針の組み合わせ。
端子板のところが崩壊して断線。あえ無く廃品となってしまった…
振り返っても、これ以上ないくらいの細心の注意を払って接したのだから
これは不可抗力としか言いようがない。
それについては諦めを付けた…
つもりなのだが何とも癪に障るのも事実。
そんな時、ふと魔が差して、今度はAT-ML180のジャンクを落としてしまった。
針折れで動作未確認だからホントにジャンク。
断線していても文句は言えない。
でも、まあ良いだろう。日頃嘘の様に外れを引かないよっしーだ。
たまにはバカを見るのも付き合いというものさ。
天からそんな声が聞こえて、手を出してみた。
あっという間に品物は届いて、針はもちろん欠落。
そこにML140の針を装着。
シェルだが170を付けたくて果たせなかったSONY SH160降臨。
端子板の様子には注意を払って払って払ってリード線結線。
さて、無事音は出るのやら?
ところが右は出るが左が…(-_-;)
7月27日
天は我を見放した、と引きつった笑いをする僕。
しかしホントか?
ここでシェルの端子をクリーニング。
これでどうよ…!
これで…
なんと!音が出た、左右共。
どうやら賭けに勝ったようだ。
いつも書くことだが左右音が出ることこそ一番大切で、それ以外はおまけみたいなものだと思っている。
みんな贅沢である。僕に言わせれば、だが。
とは言え音は気になる。
どうだ?
数枚のLPを聴いて断定的なことをいうのは危険だ。
だが、これは好い音だ。
(まあこの人、たいてい好いと感じてしまう人だが)
7月28日
純度が極めて高い。純粋な音だ。
オーディオ装置というのは結構人間に似ているところがある。
大抵の装置が純粋でまっとうだ。そんな奇抜なものと言うのは出てこない。
それで普通であって、異端がもてはやされるというのは限定的な話しなのだ。
しかしその中でも各々が個性を持っているのも確か。
それは隠しきれない個性、とでもいうべきものか。
今回のAT-ML180/OCC+ML140針の場合、その辺を徹底的に抑えたというか
聴かせたいのはソースの音であって、カートリッジの音ではない、と言わんばかりの振る舞いだ。
それは無個性で詰まらない、という意味では勿論無く、完璧にまで普段の生活ではオーラを消してしまうことを
己に叩き込んだ銀幕のスターの日常みたいな物とよっしーは感じた。
改めて細かい話しだが今回の物はML180でもマイナーチェンジ後のPCOCC線材を使った、180/OCCの方である。
180と180/OCCで音はどう違うのか?それは両者を持つテクニカマニアでないとわからない。
そして今回の音はあくまでも針に140のアルミカンチレバーを使ったものであることも忘れてはいけない。
つまり純然たる180/OCCの音ではない訳だ。
その純然たる180/OCCは以前にお借りして、畏れ多くも拝聴している。
よっしーがその時書いたのは、「音は良いのだが、なんだか完璧っぽくて憎たらしい」という訳のわからないインプレだった。
今振り返って思うのは、高域部長、中域部長、低域部長と全帯域エース揃いみたいで、あまりのスキのなさに
スキだらけ人間のよっしーがついて行けなかったのだということ。
今回は140の針がその辺を庶民向けに調整してくれたのかもしれない。
もちろんこれは単なる想像の域を出ない。
あるいは将来、針折れの170、あるいはマグネットまで消失している今回の180/OCCの針を再生して。
それも出来たらボロン等で再生して宛がってみたらどんな風に変身するかな?というのはある。
それを成し得る、土台を持っているというのも実はアドバンテージなのである。
というのも、ご存じのようにこのシリーズの針はサードパーティーからもリリースされておらず
払底の限りを尽くしているからだ。
しかし、それはこの先の話しである。
とりあえず今はこの音を大切にしたい。
おっと、端子板のところはエポキシで固めて置くか?
それこそ冗談ではないのだ。あんな思いはもう嫌なのであります( ;∀;)
7月29日
TIASにお邪魔した。
暑い中大変な人出で、オーディオ人口ってこんなに多かったの?って思ってしまった。
どのブースも真剣勝負。それぞれ面白かった。
だが、更に面白かったのが、ちょっとだけお話を聞かせて頂いたベテランオーディオマニアの方のお話。
何かを買う事はもちろん大事だし楽しいのだが、いかに真剣に付き合うか?
結局それに尽きると思ってしまった。
詳しくは到底書けないが、よっしーも少しは真剣に打ち込まないといけないな、と思わせてもらったのは確か。
それで思い出した、わけではないが、ちょっと前にこうしようかな、と思ってそれっきりだったことを実施。
実に詰まらないこと?だがメインアンプの位置を変えてみた。
SY99→HMA-9500→G7のこの流れの中でSY99→HMA-9500の距離を縮めてみたかった。
現行の使い方も別に嫌いじゃないが使えるピンケーブルが限定的になってしまう。
置き場所を変えると割と色々な選択が出来る。
今更なに言ってんだと言われるだろうがケーブルだなんだというのは自由度が高いと
別の面倒くささが生まれるのでアンタッチャブルにしておきたいのが本音だ。
また、あんまりシビアなことを言うのも疲れるから嫌だ。
まあほどほどに行きましょう。
7月30日
今年は1984年から数えて40年。当たり前だ。
1984年の翌年は1985年。これも当たり前。
「ステレオのすべて'85」より。
うーん、各先生が若い…
石田先生髪が黒い。
CD三年目でアナログもまだまだ元気。
ちなみにこの使いこなしには今もって参照すべき点が多い。
とにかくマニアも元気だったというか凄かった。
共通して言えるのは対策の鬼みたいな人が多い。
お金を積んで…ではないのだ。
それにしてもこちら↑のマニアの方もスゴイ。
分かりにくいだろうが、つまり逆オルソンだ。
反射を防ぐためか、吸音材でスピーカーは包まれている。
そしてこのスピーカー、台所へと繋がる場所に設置されている。
生活なんか二の次だ?
ファンサービスに一枚。
いよいよCDの時代が到来する予感に満ちている。
そしてそれは確かにそうなって行く。
何が言いたいのかというとテーマは無い。
ただ、今年は1984年から40年で、その1984年の翌年は
1985年なのだ。
1985年は僕が社会人とやらになった年だった。
1984年も別の節目の年だったのだが
'84年についてはここではない他の場所について
この夏書くかもしれない予感。
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