9月2日
9月3日
いけない。
夏休みの宿題は8月31日までに提出するものなのに
気づけば9月である。
しかもたっぷり?残している。
小学生の頃のよっしーでは考えられないことである。
どう頑張ってもここから二週間くらいかかると思うが
おつきあい頂きたい。
ブツは今回の関西ツアーで出会った物達である。
ま、言うまでもないが…
先陣を切ってビクターQL-7R。
1977年発売。
当時67,500円。
単売フォノモーターのTT-71+アームもUA-5045相当品を
一見?CL-P的キャビネットに収めた一品で、後継のA7も含めてかなり売れたはずだ。
計算するとお買い得ではあるが、本物の?UA-5045やCL-P1等を使うのとは音は違うだろう。
それでもリーズナブルなことは間違いない一台だ。
まずフォノモーターTT-71だがTT-101を頂点とするシリーズのローエンド機。
しかしローエンドとは思えないルックスとフィーリングを持っている。
アームも同じくで当時からその優秀さは知られるところだったのだが
案外売れなかった(らしい)。
ただし本当のUA-5045と、ここに搭載されているアームが全く同じでは無いことは
分かっていた方が良いのだが普通に考えたら超絶優秀だろう。
QL-7Rの気の毒なところは2年後にQL-A7という後継が出て、フォノモーター。アームは
共通のはずなのだがアームベースが立派になったり、キャビネットが補強されたりと
いうことで、結構差を付けてくれたことだろう。
ただ、A7では85,000円と随分値上がりもしているのとアームのオートアップが付いているのが
現時点でのメンテナンスや改造のし易さなど考えると突っ込みたくなるところだ。
ずばり!自分で手を入れて行きたい派にはA7よりQL-7Rとおもう。
…とかなんとか言ってみたが音はどうよ?
9月4日
音だが我が家の音と親和性が高いというか、昔からここに居たような顔をしている感がある。
すんなり溶け込んでしまって、別の意味で違和感を感じる。
クオリティという面では充分で、普通に考えたらこれ以上の物は要らない。
各パーツの良さがきちんと出ていると思う。
書き忘れたがテーブルシートも良い感じのものだ。
細かいところではダストカバーもずっしり厚みがあって良き時代を伝えて来る。
後世のペラッペラとは次元が違う。
この上を狙うとなるとキャビネットの強化やトーンアームベースの強化などだ…
と考えたら後継のQL-A7ではばっちりそれが行われている。
さらにその上…となったらTT-71を81以上の物にするくらいしか手が無い
気がする。
QL-7は、当時のミドルクラスかもしれないが
これ以上を目指すとなると結構大変ですぜ、という
絶妙の立ち位置の一台。
強烈なアピールは無いが、背後から近づいて
抜こうとすると容易に抜けない。
そんなタイプだろう。
敢えて難癖を付ければ、これも昔から言われは来たが、TT-71のスイッチが
敏捷過ぎて間違ってタッチすると
すぐ回ってしまう。速度切り替えも同様。
怖いので電源スイッチをこまめに切る癖がついてしまう。
そしてブレーキ。
キュっと止まってその点は最高なのだが
擦過音が結構耳に付く。
当時石田先生なども指摘されていたが、せめてプレーヤーの奥側。
人間から遠い位置側でブレーキを掛ければ良いのに…
と思っても時すでに45年くらい遅いのであった。
9月5日
9月6日
Lo-D HT-500。
1981年当時49,800円。
ちょっと安すぎる気もするが世界のLo-D。
世界の日立。太っ腹なのだ?
カートリッジ付きフルオートプレーヤーでこの価格。
ああ、しかし振り返れば日立Lo-Dの本格的
コンポーネントなんて、この頃が実質的にはラストで
この後しばらくMK2群が出る物のそれで終わり。
CD時代をちょっとだけかじって日立は撤収していってしまった。
さすがと言うべきか、商売としてのオーディオは
もうピークを過ぎてこの先は落ちるだけと
早々に看破していた。
東芝も同じだろう。
…という話はさておいて、大きく二つの特色を
このプレーヤーも持っている。
ひとつが日立ご自慢のユニトルクモーター。
ユニトルクモーターってなにさ?って検索を掛けると
みーんな同じ文言が帰って来る。
それは当たり前なのだがあと一歩深く掘り下げたというか
平易に誰にでもわかるように書いたサイトは見たらない?
スーパー皮肉なことに日立Lo-Dの製品ではなくて
ONKYO CP-900Fの紹介で出て来るCLハイトルクモーター
(実際はユニトルクモーターと一緒?)の説明などの方が
ユニトルクモーターの解説としては優れている?んじゃなかろうかと
思ってしまった。
さて、どう上手く説明しようかと考えて諦めた。
いや、他のサイトで散々書いてあることを言葉だけ換えて書いても
詰らないと悟ったのだ。
思いっ切り文系人間の感覚では
これはNEC A-10などのリザーブ電源にどこか似ている。
山と次の山との間に出来る谷を積極的につぶして
限りなく平らな状態に近づけようということだ。
副産物として電子制御系の単純化。
モーター全体の薄型化などがあって、そのメリットも
結構大きい気がする。
次にアームだがVCメタルアームと名付けられているが
基本的にはステンレスを使っている。
それよりもHT-500の場合ストレートアームである
所の方が印象的。
正にそんな時代の一台だった。
テーブルシートも薄いが触感の良いタイプ。
それを外すと見えて来るプラッターも
アルミダイキャストにステンの円板を組み合わせた物ということで
防振というか制振というかにかなり気を配った
プレーヤーという事になる。
オート機構も極めて優秀。大変安心してレコード
演奏を任せておけるものだ。
これでカートリッジ付き49,800円はやっぱり安すぎる気がするのだが
さて、問題の音は…
9月7日
さて音だが、は良いがそもそもレコードの音はカートリッジであるとかフォノイコライザーとか
全てを通過して出て来るのであって、その中でどこまでがプレーヤーの責任なのかを
見極めるのはそう簡単じゃない。
そう簡単じゃない事を素人がやっているのだから、いつだって話し半分で読むのが吉だ。
しかしHT-500の音はやっぱりマイルド傾向と言って良いと思う。
幾つかのMMカートリッジはもちろん、高出力MCも持ち出して、それぞれの違いをキチンと描写する
プレーヤーであるという事は認めた上で、やはりトータルとしての音色はやや落ち着き気味のものだと
言っておく。
それはどこから来るのか?
結局想像になってしまうのだが、トーンアームにしてもプラッターにしても共振防止というか
共振排除というかに徹している。
それはピュアな音の再生という点では貢献しているのだろうが、同時にここで後一息こういうのが欲しいな
という所まで消し去ってしまったではないか。
…さて、しかしHT-500というプレーヤー。
当時から呆れるほどのお買い得だったろうが今となると更にお値打ち。
この種のオートプレーヤーはオート機構に異常があって捨て値で投げられると相場は決まっていて
HT-500も例外ではない。
ただ、なにしろシンプルな作りゆえ、不調といっても唯一使われているゴムリングを交換すれば済む。
ドフの棚にあったら是非お持ち帰りを。
9月8日
9月9日
SANSUI SR-525。
1976年の製品。
当時44,500円。
サンスイというのはレコードプレーヤーも多数リリースしていたのだが
これと言った名声に恵まれなかったというかなんというか、不遇な感じが否めない。
例外がピアノフィニッシュのSR-929だろう。
瀬川先生がデザインしたとか、長岡先生が高く評価したとかで今でも高値でやり取りされている。
525はその時代の低価格機。
しかし20極30スロットのDDモーターの採用だとか、亜鉛ダイキャストのアームベースだとか。
何といってもナイフエッジのトーンアームを採用して、更にカートリッジまで付けてのそのお値段だったので
まあ良い時代としか言いようがないのであった。
さて、サンスイのナイフエッジといえば前述のSR-929がダントツ有名だが、この525。そして717など全部ナイフだった。
もっともそれらの存在に気付いたきっかけは海外の方のサイトだったりして、国内では929以外は無名に近い。
もちろんナイフエッジだから良い、なんていうシンプルな話しではないが、プレーヤー付属のアームでナイフエッジって
どれだけありますか?と考えるとやっぱり希少性が高い。
扱ってみると、見事にカクカクする。
これぞナイフエッジである。これをガタと見られるとちょっと困ってしまう。
嫌うとSAECのようにダブルナイフになる。
ま、パッと見るととにかく不愛想なプレーヤーだ。
渋い色合い。オート機能なんか無いし、ブレーキだって無い。
クオーツでも無いのでたまにはストロボで回転の確認をしなくてはならない。
アーム周りにはラテラルバランスがあって、これは本機みたいなナイフエッジだと存在意義を見ることが出来る。
インサイドフォースは糸釣り式でオーソドックス。
高さ調整はもちろん可能だが固定ネジが極小六角ということで、あんまり弄って欲しくないのかな?
と勘ぐってしまう。
考えてみればカートリッジ付属なので、ややビギナー向け、一般音楽ファン向けな立ち位置でもある訳だ。
出力はケーブルで、ではなくてRCA端子で、となっている。
それはさて置き音は…
9月10日
それはさておき音は…
と行きたいのだがこの個体、今回確保の物達の中では珍しく回転しようとしない不具合あり。
元々ジャンク扱いなのでそんな事は気にしないが回らないのは困るのでネット検索。
なるほど、電源スイッチのところのマイクロスイッチ(というには大きいが)の不良で症状が発生するようだ。
元からのスイッチは分解可能なタイプだったので接点を磨くが改善せず。
結局同規格の別スイッチに交換して解決。
さて、今度こそ音は…?
オーディオ製品というのは不思議とルックスと音が関係すると仰ったのは長岡先生だったろうか。
サンスイSR-525。真面目で正確な音がする一品とお見受けするが、ビクターQL-7辺りと比べると
ちょっと世界が違うというか、やや地味でいぶし銀的謙虚さを感じる。
QL-7がお調子者の人気者だとするとSR-525は勉強もスポーツもQL-7同様に出来るのに
放課後になるとさっさと荷物をまとめて帰宅してしまうタイプ。
自ら進んで小さくまとまろうとする傾向が見受けられる。
ひとつ疑問なのは付属のテーブルシート。
これが思いっきり’70年代チックというかレコードを線接触で支えようというタイプ。
考え方は様々だからそれで良いのだが、これまで何十台とアナログプレーヤーを弄って来て
線接触のシートで音が良いなーと感じた物は無い。
我慢ならなくなって途中からJP-501に換えてしまった。
もちろんそれだけで違うプレーヤーになるわけでは無いがやっぱり良い。
9月11日
9月12日
SONY PS-3750。
後から調べたら思ったより古い。
1976年発売。
似たような後継機の記憶も混ざって発売時期を誤解していたということだ。
好みはそれぞれ、という事を理解した上で、今回登場する一連のプレーヤー達の中では
ルックス最高。
レコードプレーヤーというのは30cmLPレコードが載る大きさのプラッターと、再生するのに充分な
長さのトーンアームがあるだけ、なのだからどれも似た感じになっても不思議ではないのだが
これだけみんな顔が違うというのはある意味大変興味深い。
ルックスが良いとかどうとか言っても、正に微差、誤差の違いなのだが、やっぱり美人顔というのは
機械にも存在するということ。
必要最低限の敷地の中に建つデザイナー住宅という感じで格好良いのだ。
質感も極めて高い。
プラッターなんかはシート載せてレコード載せたら見えないんだから関係ないというのは
マニアではない、正常な人の言い草で、僕みたいな病人には大切な事この上ない。
トーンアームが又良い。ルックスが良いし、材質が良い。
材質の良さというのは新品の時よりも、こうして40年50年と時間が経ってからの方がわかり易い。
一言で言ってお金の掛かった物は傷みにくいし汚れも落としやすい。
もちろんオーナーの扱い次第。保管状態によるところも大きいのだが、その意味でも今回のPS-3750は
お上品なご家庭で扱われて来たのがわかる。
キャビネットは木ではなくいわゆる樹脂系。SBMCだったか。
SBMCって何の略だったか?
調べようとしてもSMBCで金融機関ばかり出て来る(笑)
操作性も良い。
完全マニュアル?のQL-7やSR-525と違い、右手前にプラッタースタートスイッチ件アームリフターがある。
この形は本当に使い易い。
ただし、プラッターに針圧計を載せて計測…という場合は不利だ。電源コードを都度抜かないといけない。
針圧、で思いだしたが、このプレーヤーのアームレストは通常方向と真逆に回転させることが出来る。
それがどうした?というのは素人さんの言うセリフで、それによりアーム調整に使える範囲が広がってやり易い。
PS-3750みたいにギリギリまで寸法を削ってしまったプレーヤーでは、こうした気遣いが一掃映える。
アームにはサブウエイトがあり、今回の個体はそれもしっかり付いていた。
で、音だが…
9月13日
音だが、これが少々眠くて困ってしまった。
それも音作りだから構わないし、本来XL-15が付いているので、それだったらうまく鳴るのかもしれない。
しかし個人的にはとにかく現状では困るわけだ。
。
色々やっている内にシュアーV-15Type3だとパリッと鳴ってくれることが分かった。
別に僕はシュアー信者でも無いし、Type3信仰も無い。
万事好みと相性の問題と思いたい。
試しに、とM44を付けてみるとこれも良い感じだ。
アメリカンとの相性良し?
これは冗談ではない。
さて、アナログプレーヤー狂詩曲?は今しばらく続くのだが一本調子だといささか飽きて来る。
ここで針のお話し。
シュアーの交換針ゴロゴロ。
(続く)
9月14日
シュアーの交換針ゴロゴロ。
実はこれ、針先曲がりなど、そのままでは使えないシリーズを無理を言ってkoyamaさんに譲っていただいた物。
なかなか手を出せずに居たのだが、今回思い切って着手。
…といってもやったことはピンセットでカンチレバーの曲がりを直しただけ。
そんなんで使えるの?
アルミパイプカンチレバーの場合は割といけてしまうのである。
で、ちょうどSONY PS-3750にM44が付いていたからチャンス到来?(Type3と入れ替えてみたのだ)
一応説明すると、ボディはM44Gで推定45年物?
グレーのスリープは元からの44Gの針。
これはこれで良いのだが針を換えるとどうなる?
まずは白いヤツ。
*↑の写真は直す前の物
もちろんM44-7の物と解釈したい。
M44の針曲がり品は世に多い。あっさりとピンセットで修理。
おお!、こ、これは44-7の針の音がする(笑)当たり前か。
パワーは一番。スカッと抜ける。ただ、品位はこの場合ちょっと引っ掛かる。
でもPS-3750がドーピングしたかのように鳴るのだから、一方の雄であること間違いなし。
次に一番興味のあった赤い針。この赤はとにかくかっこう良いんだなー。
単体で見ても素敵だがシュアーの黒いボディに付けると一層かっこう良い。
*これ↑も直す前の写真
ということで音を出す前にノックアウト状態なのだが、鳴らしてなんぼなんで使ってみよう。
…
で、最初は気のせいか。耳の迷いか?と思ったのだが音は違うのだ。
どう違う?って、こりゃ元には戻せない感じ。
音の出方が違うのである。
実に軽く、あっさりと、パッと音が出てきて、しかも美音だ。
なんじゃ?こりゃ?
考えなしに先に使うところが我ながら立派だが、当初は先だってお借りした経験もある
M91GDの物かとも思った。
ただ、文字とかが違うし、なんか違う?
これは多分なのだがM44-5の針。つまりN44-5?
今の段階ではそれしか思いつかない。
尻上がりに、更に良く。これはもう外せない感じだ。凄い。
さあ、ここでいよいよPS-3750の締めくくりにテーブルシート交換。
9月15日
PS-3750の締めくくりにテーブルシート交換。
3750のシートは当時のSONY独特の物で計12個の吸盤?の上にレコードが浮遊?するような形式。
写真で見るとちょっと気持ち悪かったが(失礼)実物は大変愛くるしい。
しかし音質的には線接触と同様疑問の残るもの。
ところがこれが結構音が良い事が判明?
もちろん無難なのはJP-501とかなのはわかるのだが
この純正シート、悪い事は無い。
あるいは40数年の間に熟成したか?
あながち嘘ではない所がアナログの面白いところだったりする。
9月16日
DP-EC1MK2。
当時オートプレーヤーや便利だが音の点でマニュアル機に譲るところがあるとされていたのを
刮目させた一台。それが初代DP-EC1。
1976年発売。当時128,000円。
ECがエレクトロニックコントロールを意味するのだが、それまで多くのオートプレーヤーが
機械的仕掛けによるオートだったのと訳が違うよ、という意気込みを感じる。
128,000円は安くないが好評だったと見えて以降MK3まで続いたのだから立派な物だ。
今回捕獲のMK2は1979年頃発売。価格据え置きの改良型。
MK2からクオーツロックになったとか、操作機構が整理されて使い易くなったとかもあるし
中身が電子系、機械系共見直されて生産効率やら原価やらの点でも。つまりメーカー側利益のためにも改良されていると見る。
まず、持ち上げてみると今回登場の一連の中ではダントツに重い。
13,5Kg。
フルオートで空洞が増えやすいのにこの重さというのが立派。
トップパネルがアルミダイキャストなのは別に驚かないが、底板が3kgもあるのには驚く。
実にガッチリした底板で調べたらBMC系だった。
余談だが大抵の普及価格帯プレーヤーでインシュレーターが底板に取り付けられる。
それは生産効率とか色々な絡みがあるから仕方ないのだが、この底板がほとんどの場合
薄い樹脂か木であってトランポリン効果を持っているんじゃないかと思いたくなる造りになっているのが普通。
それから比べたらDP-EC1の底板は別格。
プレーヤーの鑑である。
ま、オートでスカスカになる分底板に力を注がなくてはならなかったからだろうが、立派なものだ。
プラッターも当然しっかりしているがシートもしなやかさを持ち合わせた立派なもの。すり鉢状の形になっているということで
JP-501を研究したか?
ただ、光学センサーの関係でこのシーとは交換不可。
とどめにトーンアームだがパイプがなんとステンレス。内部配線は銀線。
全体に剛体で実にカッチリ、を通り越してガッチリしているプレーヤーだ。
高級感もあって、同じ位置に置いてもここ数日(数週間?)鎮座して来た他の四台とは、放つオーラが違う。
さてしかし…
9月17日
さてしかし、40年以上前のオートプレーヤーが完全な状態でいると思うのは間違いだ。
残念ながらフルオートでは無くなっている。
マイクロスイッチ及びフォトインタラプタと点検したが両者は無罪のようだ。
となると回路基板の方だが手を付ける時間が無い。
それにプラッターはスイッチで回るしアームのアップダウンもオーケー。
レコード終端でのオートアップも無事ということで当座は困らない。
*失われていたゴムベルトはいの一番にお手当。これだけで直るとラッキーだったけど…
ただ、この個体は別のトラブルを抱えていた。
「片チャンネル音が出ません」で、こりゃきっとシェルコネクターの所の端子の接触不良か、
なんて軽く考えていたら違った。
なんとなんとアーム内部の配線の断線である。
これは労力を考えたら、詰んだな、というところなのだが調べたらアーム根本から出た配線が
小さな基板に行くところの断線?だったので
奇跡的に修復が出来た。
いや、簡単に書いたが結構難儀した。
それとやったのはもう一か月くらい前のことか。
日記に挙がるまで時間が掛かったもんだ。
そんなこんなで音は聴ける。だから聴いた。
どうだったか?
9月18日
そんなこんなで音は聴ける。だから聴いた。
どうだったか?
音だが実にかっちりとして(ガッシリとはちょっと違う)、まじめ。
先に聴いた四台に色々な意味で差を付ける。ま、値段が違う。
ただ、ちょっと抑制が効きすぎた感もある。
高級品によくある傾向と言えばその傾向だ。
これをよりよく謳う感じにするのはまた別のアプローチが必要になるのだろう。
取りあえずカートリッジで…と思ったら壁に突き当たる。
見た目に依らず?軽いのしか使えないのだ。制限が多い。
ま、大器の片鱗を見るところまでは行ったので取りあえずは良しとしたい。
*こぼれ話。インシュレーターがひとつ変なことになっていた…
最初の頃は仕方なくテクニカのインシュレーターを挟んで使ったりしていた。
*しかしそれも不便ということで大枚15円を投じて高さを合わせたのでした。マル!
9月19日
福知山、と訊いても、どこですか?それは?と関東の人だと思う事が多いはず。
(福知山のみなさんごめんなさい)
なんと京都府である。
喧嘩を売っているのか?と言われそうだが結構驚く。なんとなく山陰の街、みたいな印象だ。
確かに京都といっても西のはずれ。だが外れたとしても隣は兵庫県なので山陰とはちょっと違う。
でも、やっぱり、大阪よりも西側に京都があると言われても俄かに認められない気分になるのは確か。
僕にとって福知山と言えば鮎川哲也先生の長編、「砂の城」である。
いや、ちょっとだけ出て来る地名なのだが妙に印象に残っていた。
そんなこんなの福知山。だがしかし実際に行くチャンスってどうよ?というと、なかなか無い。
その、なかなか無い、を有るに変えてくれたのが今回夏のツアーだった。
福知山にあるドフ。
これはもう飛び地みたいなもので一生に一度行くか行かないか?
そこでのお土産がこれだ。
9月20日
テクニカVM35。
もちろん超珍しいカートリッジという訳ではない。
しかし一時代を築いた物であることは確か。
古いものなのはわかっていたが、改めて197O年発売と言われると驚く。
え?という感じ。
それこそ僕は大阪へ行くと太陽の塔に狂喜する人間なのだが、大阪万博の年のカートリッジとは恐れ入る。
当時12,800円。テーパードカンチレバーが誇らしげに謳われていた。
AT-VM3の後継機であり、AT-35Xのリニューアル版とも言える。この辺は事情通でないと大変ややっこしい。
VMの特許を取ることが出来た記念すべき一号機というころでATが抜けてVMが頭に来たか?という感じ。
価格帯的には後のAT-10とか11.あるいは12クラスの位置づけなのだが、これはちょっと貨幣価値の違いを考えると妥当な
言い方ではないかも?
どちらかというと15タイプに通じるナンバー。それが当時の35の気がする。
VM-35には35Fという派生商品も加わって、その後AT-15Sへと発展。
更には15Sa、15Eという具合に家系図は横にも拡がるので
本鬼頭。分鬼頭という感じで相関図は難しい。
完璧に暗記しているとオーディオテクニカに無条件で
入社出来るとかできないとか…?
さてしかし、その音やいかに??
9月21日
音はどうだ、もなにも無い。
その後ログセラーを続けた歴史上の一本に良いも悪いもない。
万能感溢れるカートリッジだ。
その後の15シリーズと比べてどうか?というと15シリーズがどんどん変容してしまっているので
比べようが無い。
15系はテクニカのエースナンバーとして絶えず進化変化を求められる。
前作の面影を残しながら、変わったね、と言わせないとならない。
注目される者のみが心に感じる負荷みたいなものだ。
言い方を変えるとそのプレッシャーに負けずに続けて来た事は
本当に凄いということになる。
VM35の場合標準機として位置づけられるべく作られたで、ともすると強烈な個性は嫌われる。
オール4,5みたいなことに終始せざるを得ない。そこが美点でありネックでもあるかもしれない。
しかし、日本にもこれだけのカートリッジがあるぞ、と見せつける覚悟で作られたことを想像すると
やむを得ないというか当然のことだ。
1970年の段階で我が国にこれだけのカートリッジがあったという事は誇りに思って良いし、
それ以上どんなコメントが必要なのだ?
と考えてしまう。
9月22日
夏の思い出を一通り語るのに、やはり半月…と言いたかったが
やっぱり三週間は掛かってしまった。
これは仕方ない。
気づけば5回目のツアーの今回は割と大きめの物が
多かった。
持ち帰られるサイズ、と考えたらカートリッジとかが好適なのだが
そろそろ買いつくしたというか、その手の所で出会う物は
かなりクリアーしてしまったという事になるか。
矛先がその分アナログプレーヤーに向かったのが
今回だったと思いたい。
さて、夏の思い出というのは一か月以上前に本来完結しているので
その後はその後で色々あるわけで…
9月23日
YAMAHA P-701。
1985年発売。当時44,800円。
435W×111H×378Dとコンパクトな一台。
ミニコンに合わせたプレーヤーかと思ったのだが、どうも純然たる
単売プレーヤーみたいなのだ。
あるいは普及価格帯のアナログプレーヤーが多くリリースされた最後の年か。
例えば同じYAMAHAでGT-750が69,800円で出たのもこの時だ。
彼我の差2万5千円と見るとGT-750の方がお買い得に思えなくもないが
P-701はMCカートリッジ込みだぞ、と言うと実際の差は3万5千円くらいになってくる。
そう思うと701が割高なんてことはない。
ま、そもそもGT-750を買う層とP-701を買う層では人種がまるで違う。
GT-750はいわゆるオーディオマニア向けの製品であり、P-701は一般の音楽ファンで
これからもレコードを聴きますよ、という人に向けての製品だ。
1982年にP-700があった、なんて話し以上にヤマハはこの種のプレーヤーにも熱心だった。
P-701より後になっても、それこそミニコンポにマッチするようなプレーヤーを出していた。
立場上ハイエンドだけ出すという訳には行かなかったのだろう。
ところでなぜP-701?
9月24日
なぜP-701?
答えは簡単で、それら一連のヤマハプレーヤー達の中で一番格好良いから。
これは色の違いが大きい。ブラック。それもヤマハブラックとでも呼ぶべき洗練された黒。
それを採用している。
未来的デザインのトーンアームもブラック。実に素敵だ。
そして、実は本当の決め手はエンボス的ドット加工のされたスイッチ類たちだった。
これはヤマハの1985年〜1986年頃の楽器も含めた色々な所に出て来た物で
単に郷愁を誘ったから手を出してしまったと思って欲しい。
スイッチのフィーリングとしては思ったよりは力が要るタイプだったが35年後の今もキチンと機能している。
そうだ、書き忘れていたがP-701はフルオートプレーヤーなのだった。
その動きも健在。これは例のフォトインタラプタ等電子的検出をやっていないからだろう。
ただ、出だしの。スタートスイッチを押してからトーンアームが動き出すまでの間だけは
不必要に長い。
慣れないと、故障か?と思って心配になる。
シートは独特の断面形状をしているが、これは付属のEPアダプター的スタビライザーを
使った時にレコードがシートに密着するようにと考えられているようだ。
その下のプラッターの仕上げはさすがに荒っぽいというかザラザラ感が半端ない。
さて、その音だが…
9月25日
音だが…の前に、付属カートリッジはヤマハMC-705。
針ユニット交換型MCカートリッジである。
これは見るからにテクニカのOEMで元ネタはAT-30Eか。
これの高出力型がAT-30HE。
ここから派生したのがAT-3100XEであり輸出モデルだった。
YAMAHA MC-705はこれにそっくり。そしてオーレックスにもC-80MCというのが。
日立にもDS-ST60なんてのが存在していて、色違いで色々あって、の世界でとっても楽しい。
この辺がOEMの世界。付属カートリッジ探求の快楽?なのだ。
なのだ、は良いが世の中そんな上手い話ばかりは無い。残念、今回のMC-705は
しっかり針折れしている。
しかし、その時よっしー少しも慌てず?
さっそうとAT-30Eのユニットを挿すとばっちり使えるではあ〜りませんか〜。
ま、当たり前か。
さて、音は?
音だが、これが充分良い音だ。
攻め立てて来るような音では無く、あくまでも音楽を伝えることを目的とした鳴り方だが
立ち位置からして当然だろう。
下の方に厚みを持たせてあり、小音量でもたっぷり目に鳴るのはさすがである。
試みにカートリッジをテクニカのAT-10辺りに換えてみると、爽快さはそちらの方に分があった。
だがしかし、そんな違いは割とどうでも良い。
このプレーヤー。やっぱり格好良い。
ロクサンとか、スタイリッシュな感じのプレーヤーを見ては
縁がないなーと思っているよっしーなのだが
さすがヤマハは対抗しうるデザインのプレーヤーを
35年も前に作っていたのだった。
あるいは数あるヤマハのプレーヤーの中でも
PX-1と並ぶ格好良さナンバーワン?ツー?くらいのプレーヤーだと
思う。
9月26日
MC-705の針が折れていると書いたのが昨夜のことだった。
あれ?ATN3100S…
何故か手元に箱入り未使用品が…
いや、ネット時代、不思議ではない?
Amazonお急ぎ便?
なるほど…
なるほどね…
しかし今回のはちょっと違う。
何がって、まず注文とかをしていない(!)
…なのだが翌朝既に話はまとまっていて
数時間後には配送頂いて受け取っていた…(汗)
見よ、この収まりの良さ
…は当たり前か。しかし本当に黒が美しいのだヨ。
それにしても、ですよ、ネットに書いただけで
注文等しないのに翌朝話が確定しているって凄くなーい?
種明かしはしないで置くけれど、
オーディオ仲間万歳!とだけ書いておく。
アリガトウゴザイマシタ♪
納まり良ければ音もまた更に良し。
いや、あのね、やっぱり未使用の針って独特の良さがあります。
シ・ア・ワ・セ…
9月27日
うーん…やっぱりルックストップクラス。
…という話はさて置いて音も素晴らしい。
純正カートリッジの針を得て、水を得た魚?
このプレーヤーで40年前後前のレコードを。
自分にとって大切なレコードを聴くのだが
大層塩梅が良い。
快適快適。
ひとつだけ。純正のシートはレコード盤との
密着を考えた、工夫有る物なのだが
経年変化で妙ちくりんなことになっていた。
取りあえずHT-500からシートを借りて来たが
精神衛生上遥かによろしい。
9月28日
ずっとハードネタ。ジャンクネタで書いて行ける。
それだけネタがあるのだ。自慢にも何にもならないが(笑)
でも、ちょっとお休み。
書く方も読むほうも飽きてしまう。
さて、あれだけ暑かった夏がさすがに遠のいた。
もしかすると10月に入っても暑いくらいの勢いかと思ったら予想は外れた。
夏になると思いだす物というがあるように、秋になると思いだす物もある。
ユーミンの「流線形80」にまつわる話は昔書いた気がする。
こちらは浜田省吾さんの「Down by the Mainstreet」
1984年のこの頃の発売だった。
今となれば押しも押されぬビッグネームの浜省だが、ブレイクは1980年くらいから。
そこからは勢いよく駆け上がった。海の中道もこの前年だったか。
「Down by the Mainstreet」はそんな中にあって、それまでの恩師的存在である
水谷公男さん達から離れて、いわゆるバンドメンバー主体で作ったアルバムという事で
記憶されるべき一枚と思う。
前作「PROMISED LAND〜約束の地」で。特にそのエンディング曲「僕と彼女と週末に」で
”この星の行方”みたいなところまで行ってしまった視点を、今作では今一度街に住む個々人
レベルまで戻した曲作り。構成になっている。
「MONEY」、「DADDY'S TOWN」、「DANCE」、「SILENCE」
「EDGE OF THE KNIFE」、「MIRROR」、「A THOUSAND NIGHTS」
「HELLO ROCK &ROLL CITY」、「PAIN」、「MAINSTREET」
全曲解説なんて始めちゃうと、これまた大変なことになるので止めて置く。
「MONEY」は、うんと昔、どこかの飲み屋さんで女の子がカラオケでこれを歌っていて
ちょっと驚いた記憶がある。きっと良い娘なのだよ、と勝手に確信をもって聴いていた。
「DADDY'S TOWN」はやっぱり佳曲だなー。アレンジが良いわ。
「SILENCE」は”家を飛び出し街を彷徨い 恋に堕ち同じような家を手にした…”の
一行に集約されるものがある。
醒めた言い方をしてしまえば、同じテーマ、切り口の曲なんてたくさんあるのかもしれないが
時、ほぼ同じくして出た拓郎さんの「FOREVER YOUNG」の中にある「大阪行きは何番ホーム」との
符号について、その頃まだ存在した”新譜ジャーナル”誌でも取り上げていた。
「MAINSTREET」はアルバムタイトル曲でもあるので、本作の主題が散りばめられている。
”走ることの他に この街何が出来る。踊ることの他に 今夜何が出来る”と言われて
いや、飯も食えれば酒も飲めると言ってしまったら話にならない(冗談だよ)。
栄光の時を待ちわびながら、今できる事は走ることだったり踊ることだったり
というのが主題だ。
素直に、そこに感情移入できるかどうかで好きになるかどうかが決定するだろう。
1980年頃というのはピーターパンシンドロームだとかなんだとか言われていた時代だが
僕なんかも典型的を通り越したグータラなもので、社会人になんかなりたくも無いし
ゴロゴロして生き続けたいというのが本当の所だった。
ただ、そーも行かず、ちょうどこの頃か。学生生活とやらが終わりに向かうのだなぁー。
そんな秋に、ある種の想いを持って聴いたアルバムだから、今も心に…
なのだが、なんとなんと36年前のことなのだ、それが。
うーん…恐ろしい…。その時嫌で嫌で仕方なかった社会人とやらを、そろそろ一旦勤め上げてしまうのだ。
そんな日がこんなに早く来るなんて…
一体僕は何をしていたのだろう?
もちろん色々なことがあっただろう。あれもあって、これもあって…と語ることは可能かもしれない。
しかし、大雑把に言うと就職しました。結婚しました。子供生まれました。家建てました。
…そろそろ先も見えてきました。定年です。あ、気づいたらローンも終わるか…
みたいなのが多くの人に共通なパターンなのではないか。
いや、上記みたいなことが出来ていたらそれだけでかなり幸せ。素晴らしい、と言って良いかもしれない。
だが、大雑把にまとめた時、なんと二行くらいで済むような事がみんなせいぜいなのだ。
先月も似たことを書いたが、さて、ではあの頃のみんな。色々なことから解放されて、
そうだな、例えばもう一度同じ大学に一斉に入学して(笑)初めて出会ったふりをして
今一度同じことを再現して…
出来そうな気もする。
きっとできる。
少しだけあの頃よりは生き方も器用になり、衝突も減るだろう。
少しは良い場所で酒が呑めるかもしれない。
大幅に変わったのは体力か。これは少しダウンなんてのは絶対嘘で、大幅削減間違いなし。
まあこんな事を書いていられるなんて幸せなのか、何なのか…
SNSで頭脳警察のアルバムを取り上げている人が居たので、”銃を取って叫べ”ですか、
と突っ込みを入れたら、”孫を抱いて叫べ”です、最近は、とレスを貰った。
うーん…凄い…
でも、元気で生きているからこそこんな会話も成り立つのだと頷いたり…
さて、36年経った今、走ることの他に何が出来るようになったか?
それは言わない約束でしょ。
9月29日
次に控えしネタの登場は切り良く10月1日からにしたい。
それがあってというのがひとつ。
もう一つはフルオートプレーヤーというヤツで
レコードをホイホイ聴いていたいというのがある。
Lo-d HT-500もあるのだが、見ていてうっとりするのは
P-701の方なので継続。
ちなみにセンターラック方式は今時流行らないのかもしれないが
ターンテーブルが回転する様を目の前に見ていたい僕としては
このセッティングを崩すのはちょっと抵抗がある。
実に久しぶりに聴く。
その割に(あるいは、だから?)盤質が良い。
9月30日
9月も終わる。
ということで次月予告の一部だけ…
*KPの会会員名簿のmizさん更新です。
皆さんでどうぞ!