10月1日

オーディオマニアの親父が頼みもしないのにテレビ相手にちょっかいを出して
いつもの様にリモコンをピッとやったら点かなかった。

こんなのは
最悪なのである。


だがしかし、リビングのテレビなら仕方ないが、
それ以外だったらどうか?

そこには
別の可能性が出て来る。AVも無理ではないという事になる。



…と、前振りをしたところで
拙宅の話に移る。

夏の話だがなんとウチに
52インチがやって来た。

もちろんテレビが勝手に歩いて来る訳は無いので、そこには人と人のやり取りがあったのだが
詳細は伏せて置く。

軽く52インチと書いたが
一般庶民の家にそんな物あって良いのか?というのが僕の感覚。
ふた昔前ならリアプロとかでやっと得られた画面サイズだ。

もちろんテレビでも100インチ、なんてのは有るからそれと比べれば小さいが
60インチ以上になったらそろそろプロジェクターでしょー、と考えるから
いわゆる
テレビ、としては上限に近いと感じる。



それは良いが
どこに置く


一つはリビングの46インチと入れ替え。

もう一つは俗にいうよっしーの部屋に入れるという説。


後者も猛烈に考えたが、
今回は避けておくことにした。

AとVの
融合の難しさは自分なりにわかっているのと
他にもちょっと理由があった。

ではどこへ?

という事で
二階の和室に白羽の矢が立つ。

ここは時に
寝室。時に客人の寝床。普段はよっしーの妻が洗濯物を畳む場所で
19インチだかの小さなテレビが置いてあるだけで他に何もない。

ここに52インチを設置してみることにした。もちろん幾つかの狙いがあってのことだ。



10月2日

AVと言えばサラウンド

サラウンドも
1980年代後半の第一次AVブームと共に成長した。

1970年代のサラウンドと違い、デジタル処理。
DSPなどを主流としたサラウンド。

これが
2000年代を迎える少し前に5.1chへと発展した。

当初は
AC3などと言ったが、あれは何の略だったのか?

とにかく5.1というのは最初から誤解を招きやすいというかよくわからない規格であった。

5.1の0.1はサブウーファーの事らしかった。
残り5は何かというと左右、そしてリア左右。残る一個が
センターチャンネルだ。

この5.1。
はっきり言って一般家庭には全く
相容れない規格なのは間違いなし。

何がって
センタースピーカーの居場所がない

劇場の様にスクリーンの向こう側にスピーカーを置くことが出来るなんて場合は別だが
家でテレビを中心に、なんて言うと本気で置き場がない。

以前ピュアオーディオの5.1をやった(DVD-A、SACDマルチ)時は
センタースピーカーの良さも確認したが
画面が入るとこりゃどうにもならない。

断言するが
邪魔!以外の何物でもない。

センタースピーカーの位置には既にテレビが頑張っている。
画面無しなら良いがAVで画面を抜くわけにはいかない。

このセンタースピーカーをどう処理するか?

それで今回も一応の形になるまで
偉い時間が掛かってしまったのだ。
それさえなければすぐにだって音は出たのに。


10月3日

ところでこの52インチなのだが和室で畳の上にポンと置いてみると高さがちょうど良い。
この部屋には家具も無ければ椅子類も無い。
となるとテレビに向かう時は畳に
ゴロン、ということになる。
実際には座椅子を一つ用意したがその場合52インチは畳に直置きで、
高さの面でベストとなる事に気付いた。

これを一般的なラック(高さ30センチ弱程度)に載せたら
見上げる形で具合が悪い。
それに、想像しただけでも転倒の心配なんかもあって避けたいところだ。

だがしかし、そうなるとセンタースピーカーの置き場は
ますます無い

テレビの前に三つスピーカーを転がすという事も考えられたが、どうもセンスがないと思った。

しかし、では一体
どうする?

完全に行き詰った所で偶然
ある物が転がり込んで来た。

何かというと
某電子ピアノの天板である。
傷がついたので交換という事で元々付いていた物は廃棄となる。

これを引き取った。というか正確に言うと”よっしーさん、スピーカー作りにいかが?”と
若いもん一同が声を掛けてくれた(笑)

要らねーよ、と言いながら改めて見てみると、これが
興味深い一品だった。

まず、サイズが計ったようにちょうど良い。
スピーカーがどうこうを抜きにして52インチの下に敷いてみると
ぴったりサイズ
更に
黒の鏡面艶出しピアノフィニッシュという事で高級感もある。
畳に直置きよりずっと良い感じになる。
それもそのはずでこのパーツだけで買えば
2万5千円である。

傷はついているのだろうが、テレビを載せてしまうと気にならない箇所だ。

トドメに、なんと
スピーカー用の穴が開いている。それも三つ。センターと右、左、だ。
これは…と思った。


10月4日


当初からスピーカーは
自作を考えていた。というかセンタースピーカーの事を考えるとそれしかない

四つだったら手持ちの市販品でいか様にでも出来るのに、と思う。全く
恨みの5.1だ。

さて、するとこの
板の裏側というか下側というかにスピーカーユニットを三つ仕込んでみたらどうだろう?

スピーカーは
真上を向くことになるのでリスニングポイントではスピーカー正面からみると90度の位置で聴くことになる。

駄目だろうか?

しかしこれはまず
やってみることだと考えた。

システム全体を
く構える。そしてスピーカーを床置きにはしない
そう思えばこれしかないと判断。

ユニットを収める分10センチ程度の高さの
は必要。
取りあえず
実験という意味もあるので2×4材を使用。これで8.9センチくらい高さが出るが仕方ない。



エンクロージャーとしては
密閉が三つという形。
ユニットは秋月の無印8センチを使ったので容積は十分。5.1だからバスレフやダブルバスレフで
無理して低音を稼ぐ必要もないと判断。

ということで工作よりもプランの方に
遥かに時間が掛かった。もちろん工作もそんなに簡単じゃないけど。




10月5日

このスピーカーの音質については本当に
自信が無かった。

まずエンクロージャー。

…とは言えないような適当な作りというか
発想
もちろん改良の
余地は大いにある。

ユニットについては一部で高い評価も得ているのでその点は由としたい。

52インチに8センチフルレンジでマッチするのか?というと
これが実に良いバランスなので笑える。

29インチに8センチ、までは自分で確認したが52インチになっても8センチで
大丈夫だった。
というよりマッチングが
良いのだ。
もっというと80インチでも8センチでいけるのを過去に弟のシステムで確認済みである。

もちろん圧倒的大音量再生となれば話はちょっと変わるだろうが、
大きくてもテレビ相手に
ホームシアター然とした音量を求めるのはよっしーの趣味ではない。

余裕を持たせたいという場合は10センチも良いが
上限が12センチくらいだと思う。
疑う人はやってみれば良いのだが20センチ2Way辺りだともうミスマッチになる事は保証する。

さて、能書きは良い。
ここで音質というのが何を意味するのか?特に
AVにおいて、という事を改めて考えてみよう。

今回のスピーカーの場合だが、例えばハイ落ちなのではないか?というとそうかもしれない。
何しろ8センチフルレンジが上を向いて取り付けられているのだ。
ツイーターがあった方が良いかも?

そうかもしれない、と思う一方で、もうこれで良いのだという気持ちもある


10月6日
AVスピーカーにおいて良い
音とは何なのか?

ピュアオーディオと違いはあるのか?

これはちょっと難しいというか自分の中で今の時点では結論が出せないでいる問題だ。

基本的にはAVもピュアも無い、求められる物は
じだとも言える。

ワイドレンジである。フラットである。変な癖が無い、等々。

しかし、
本当にそうなのかと、始めてみて思っている。

やはりちょっと
うのではないか?

簡単に言ってしまうと、
やや刺激が必要。

F特で言うとフラットというよりもハイとローに
アクセントが付いた方が良い。

全体にちょっとオーバーアクション気味な方が良いのではあるまいかと思い始めた。

その意味では今回の
実験第一号機は食い足りないのかもしれない。
もっと刺激を?

だが、逆に言うとウルトラ
ナチュラル。AVシステムを感じさせない音とも言えるので
結論めいた事は言えない。

悪い意味でなく、テレビ内蔵のスピーカーで再生しているかの様な鳴り方をする。

一方で
レンジは比べ物にならない。
5.1だからサブウーファーも追加しているが、実験なのでとサブウーファーを切っても
十分な低域が確保出来ている。

もっとも、一切の設計、計算をしていないで、これは
偶然の産物である。

そしてサラウンドも含めて自然。

これは多分だが、5個のスピーカー
ユニットが統一されている事も効いている。

それを実現するために、どうしても秋月のこの8センチが必要だった。
なぜってユニットが一つ千円だったとしても五つなら五千円。
そんなに費用は掛けられない。
ところが現用の秋月ユニットは
一個250円。確か8個位買ってある。

あるいはこの先デュアルセンターの実験だとか、サラウンドスピーカーの広志向性化の実験だなんて言っても
十分足りる。


10月7日

ところでアンプは
NR365

ところで、ではなくてこれがあるから5.1をやろうという事になるわけだ。

プレーヤーは
DV-800AV
考えてみると
一年前に来て、大いに僕を驚かせてくれた一式だ。
ついでに考えるとちょうど一年前は入院中か。時のたつのは早い。

DVDオーディオはもちろんだが
SACD5.1もそのまま再生可能。
実はそれが一年前は中途半端に終わっていたのを思い出した。

そこで今回のシステムでSACD5.1を鳴らしてみることにした。

と言ってもソースは大した数が無いのだが、ま、取りあえず。



すると…!

…とても
クオリティが低い(笑)

まあこれはある程度予想したが、これほどまでとは…と
しばらく声も無い。

ナチュラルと言えば聞こえは良いが、
もこもことして解像度低く
朦朧としたフロント。そして切れに
けるリア。

良くこれで数日とはいえ過ごして来たな、と思うが
映像付きだと
こうまでは気にならないのだ、これが。

やはり画が入ると、
主役は画であり音は従なのだ。

画の無いマルチなんて数えるほどしか持っていないのだから
(SACDやDVDオーディオ)それらに照準を合わせてこの部屋のシステムを組む必要はない。
ここではあくまでも主役は52インチテレビだ。

だが、この現実を目の当たりにすると、
もう少しクオリティーアップしても
良いんじゃないか?と思ってしまうのも人情。

さて…


10月8日
さて…


さて、は良いがここでも
問題の一つはセンターチャンネル
それさえなければ…

…と、さんざん呆けたがNR365は
AVアンプなのだ。
故に様々な設定が可能。

試みに
設定でセンタースピーカー無し、にすると
あれまセンターの信号はちゃんとフロントLとRに振り分けられている?

おいおい当たり前…というのは簡単だが、実はその説明、取説のどこをみても
書かれていない。本当だ。



取説では
5.1とか3.12.1という言葉は出て来るが4.1というのは出てこない。

なぜだ?そんなのは常識以前の常識だから書いても貰えないのか?
あんまりと言えばあんまりではないか。

これでセンターの問題は
とりあえず解決?

この展開だったら最初からセンター不要という流れでやればよかろうに、と
自分でも思う。

だが、ここら辺が我ながらおかしいと思うのだが、基本的には
5.1には5.1
臨みたいのだ。

しかし、自動的に5.1を4.1にしてもらえるのなら、それはそれで試してみようじゃないか。

という事でフロントに
コンコルド105を適用。



これでどうか??

…これが”どうか”どころの騒ぎじゃない位の
変化だった。

さすがまじめに作られた市販スピーカーは
一枚も二枚も上手であった。

もう一つが設置の問題。

電子ピアノの天板を利用した自作スピーカーではLチャンネルRチャンネルの
スピーカーは
左右の距離が不充分であり、しかもテレビの陰にれるような位置にあった。
しかも
向き。

画面の中にある物の音はモノラルに近い方が良いとはいえ、これはさすがに
イマイチだった。

それに対してコンコルドは必然的にテレビ画面の左側面と右側面に密着するような場所に置かれる。
というかそれしかないからそうなる。

これで
ユニットの統一感は失われた訳だ。開き直ってリアをONKYO HTX-22HDXSTに交換。

俄然派手になって映画のサラウンドにはマッチする。
能率もフロントのコンコルドと合っているのでNR365で妙な補正はしなくて良い。
これは精神安定上大変よろしい。



10月9日

映画を観なくっちゃ
、と言い続けてうん十年?

さっぱり観ないで過ごしてきた。

子供が
生まれる前は多少映画館で観た気がするが
この20年余はそれもさっぱりという感じ。

そして子供が小さい頃は、母親も
ビデオは友達みたいな感じがあったから
自宅で少しは観た気がする。

だが、それも近年はほとんど無く…

皮肉な事に昔から家にDVDプレーヤーなら
何台もあったのに
観る気が無ければどうにもならない。

今回はやっと映画を…という事なのだが、以上の様な理由で
ソフトが無い。

冗談抜きに
二枚か三枚しかなかった。

装置のテストにはそれでも十分?

いや、さすがに延々同じ映画だけを観るのは辛い…

なので
多少なのだがソフトをやすことになる。

元からあったのが「
ショーシャンクの空」。

何か買うかと思って「
グリーンマイル」。

後から気づいたが(映画には全く疎いもので)
これは原作が
キングで監督も共通。おまけにどちらも舞台が刑務所だった(汗)

これで繰り返しチェック。
さすがに二枚では辛いので「ボディガード」を仕入れた。



いずれも定番らしくはずれは無い。

「ショーシャンク」については以前も色々書いた気がするので省略。
グリーンマイル」、は「ショーシャンク」よりも観ていていところがあって
繰り返し見るキャプチャーは割と限定してしまう。

「ショーシャンク」では
終身刑が描かれ「グリーンマイル」では死刑囚と死刑執行が
描かれる。

どちらも我が身に縁がない…というか縁が無いものであって欲しいが
考え見ると
人は誰でも終身刑であり死刑囚でもある。

その観点で観る時に、これらの作品は身に染みるのだと思う。

ボディーガード」ではケビンコスナーの恰好良さにしびれるが
ホイットニーは一見ピンと来ない。
…はずが、物語が進む内に段々チャーミングに思えて来るから不思議だ。
恋はやはり女も男も美しくする?

こんな風に一作一作について感想を述べ始めると時間なんかいくらあっても足りない。
なのでやめて置くが、やはり
映像は中身に惹かれ始めると音も画もどうでも良くなってくる

Vについてはマニアにならずフツーの人で居たいと思う今日この頃である。



10月10日

NR365は
単なるAVアンプではない。ネットワークプレイ等にも対応している
現代的なアンプだ。
(もちろんそんな物は今や珍しくも無いのだろうが)

だから
ネットに繋げばネットラジオもオーケーだし、NASにもアクセスできる。

ところが二階の和室には
LANの口が無い。
6年前に工事した時にはそこまで考えなかった。

となると
無線LANと当然なる。

koyamaさんからは専用無線LANアダプター
UWF-1もお譲り頂いている。

ところがこれが昔はうまく繋がらなかった。
偏に
電波の強度が足りなかったのだ。

だがしかし、少し前に自宅のルーターを取り換えてあった。

レンタル品から買い上げ品に交換。その方が長期的には安くなる。
(という事を電話会社は積極的に知らせていない。そんなもんだ)

安くなるという事以上に、機種が新しくなると電波も良くなるのでは?
と漫然とした期待があったのだが、これが的中している。
我が家の
無線LAN環境は以前よりも良くなっているのだ。

そこで、とNR-365にUWF-1を挿してセッティングしてみると
あっさりネットにつながる。
そんなものなのだ、世の中は。

これでNASの音を二階でも聴ける♪

更に一階にあるブルーレイレコーダーだか何だかもネットに繋ぐと
録ってある(かみさんか娘しか録画しないが)物も見られる。

そちらの無線LANアダプターも3千円しないで買えるみたいだ。
面白い世の中である。
長生きはしないといけない。


10月11日



大幅に省略して説明していくがキャブレターは結局二個一となった。



キャブレター装着の図。
直四のキャブは外すのも
しいが付けるのも楽じゃない。



グリスだCRCだ、シリコンだとやっていても埒が開かない。

たまたま木片があって助かった。
梃子の原理を利用してキャブをインマニに押し込むの図。
ズコっと刺さった時の快感は凄い。



プラグは一応新調。
D8EAとかいう規格だがその辺で売っているわけがない。
Amazon様様。
安かったが中国メイド?




更に大幅に省略するが、エンジンが掛かった

31年ぶりのDOHC4気筒の咆哮

これは感涙ものだ。

白煙が出ているがこれは最初だけ。

しかし掛かるものなんだな、というのが実感。
なにせ31年間寝ていたんですよ?

生まれは
37年前だ。



もう一つ驚いたのが電装系が生きている事。
もちろん充電機能のチェックなんかはこれからだが、
全ての灯火がちゃんと点いて、おまけに
ホーンまで鳴ったのには
笑ってしまった。


10月12日



さて、エンジンが掛かるという事は真っ先に
エンジンオイル
交換をしなくてはいけない。
なにしろ
31年前のオイルだ。恐ろしくてアクセルを煽る気にもなれないではないか。

ということで上記17mmの
ドレインボルトを緩めるのだが…



一旦バイクを
かせる。

なぜ?

日頃乗っているバイクならともかく
31年ぶりに回すボルトなのだ。
車体を立てたままの姿勢でアクセスして、なめるなどの間違いがあったら大変。
蘊蓄だが、とにかく古い放置バイクのボルトを回す時は
そのボルトに
最良の姿勢でアクセスすることが大事。
素人ほどそうしなくてはいけない。
だから今回も寝かせる。本当は上下ひっくり返しがベストだが
それは叶わない。

ま、さすがに固着はしていなかったが
十分固かった。

老婆心ながら、エンジンドレインだとか点火プラグだとかは
そんなメンテオタクでなくても弄るところ。
しかし簡単に出来ると思って
慢心しないことだ。
どちらも穴を壊すと多額の修理費が掛かる。くれぐれも慎重に。
締め過ぎ注意。限界まで指だけで回し、正しい角度で刺さっている事を
確認する。



本当はその辺を一回り走ってから抜くのだが今は無理だからアイドリングで
暖気して、そして抜く。
金属片など確認したかったので一旦ミルクカレーの缶で受けたが
この後もちろん廃油パックみたいなのに移して捨てる。

31年前のオイルと思うと
感無量である。



紙の
漏斗を使い…



規定値を入れる。
このバイクは
オイル点検窓が付いている、親切設計だ。
新品のオイルは本当に綺麗だが、一回エンジンを回すと真っ黒になる。



これで
安心してエンジン始動出来るというもの。

恐ろしい事に
ちゃんとアイドリングしている。

今回キャブは徹底掃除はしたがジェット類も付いていた物を
そのまま再装着しているのに?

ま、ちょっと
時間が経てばガソリンの滲みも出て来るだろう。
そういうものなのだ。


10月13日

バイク
AVだとやっているとピュアオーディオは当然疎かになる。

それで良いのだ。

万物
たまには距離を置くことが大事。

でも、まあ時には火を入れないとね、ということで聴くが
目新しい事は無い

敢えて言えばマトリックスの
リアにスキャンピークスの5cmユニットを使った
自作スピーカーが収まっていることくらいか。
コンコルドも栗スピーカーも出稼ぎに?行ってしまったから
代打のつもりで登用。

しかしこれが立派な仕事をするから笑う。

というか他のより
好適なんじゃないか?と思うくらい。

フロントは
ぽんせんべい
なんだか年の半分は
G7で半分はぽんせんべいみたいな生活だな。

実は今も音を出しているのだが、
深夜の超小音量でJ-POPを聴いても
充分楽しめる。

ぽんせんべいの
威力だろう。
そして
SY-88は限界までボリュームを絞っても左右バランスが崩れることは無い。

これでよいのだ。


10月14日

だからですねー、
12時間労働が似合う歳じゃないんだってば…

疲れました(汗)



こんなディスク
あったな、という感じで再生。

思いのほか…と言っては失礼だが
良い録音だ。

それに気づけるようになったというべきか。

ひとつだけ面白いのが
マトリックスで再生すると
トラックによって実に
妙な録り方をしているのが露骨にばれること。

なんでなんだろう?
トラックによって、という所が奇妙。

ご登場の皆様本当に素晴らしい。
ノーベル賞とは縁がないだろうが、そんな事は関係ない。


10月15日



時折
聴きたくなるCDシリーズ。

ご存知「
カバーズ」RCだ。

反原発という側面もあるが、なにより名曲のカバーであり
見事に消化(昇華?)されているのが凄いというか面白い。

ディランが歌う「
風に吹かれて」ももちろん良いのだが。
レノンが歌う「
イマジン」ももちろん良いのだろうが
僕個人は、特に「イマジン」は口をついて出るのは
清志郎の、このバージョンだったりする。

…と、
ネタに詰まってソフトネタ、と思われるかもしれないのだが
本当に伝えたいのはぽんせんべいが今や
何でも良い方向に鳴らす状態になっているということ。

一段とスムーズなのは、やはり
SY-88が来てからかもしれない。


10月16日

良く知らないのだが「
特攻の拓」という漫画があって
そこにはFX他が登場するらしい。

…という事を訊いた翌日に同じタイトルをグラビアで発見したので
思わず
超珍しくバイク雑誌を買ってしまった。




10月17日
これ以上寒くなる前に
アナログも聴いておきたいじゃないか、と思って掛けると
音が
だ?

どうもリア端子付近の
接触に問題があるのか?
やはりこのSY-88は何か
潜在的な病気を抱えている。

PRE OUTスイッチを押しても左は信号が切れないなんて症状もある。

たまには業者さんにメンテを頼んでみるか?などと思うが
やがてフォノも落ち着いてしまうとその気も無くなり…

でも、いつか誰かのご厄介になるかな?

それはさておき、その際結線を確認していると、プリ→メインのところで
LRが逆転しているのを発見。

先日の日記で”トラックによって妙な広がりを見せる”なんて書いたが
これが
原因だった(恥)

その段階ですぐ気づくべきだった。
フロント2チャンだけだったら右と左が入れ替わるだけで済むが
マトリックス接続をしているとそれでは済まない。
まあ良い
恥さらしだ。


10月18日


エンジンが掛かったら次は
ブレーキ

…なのだが、それをやるには部品を買わないといけない。

なのだがそれには
お金が掛かる。

あんまり調子に乗ってホイホイ使うと後が続かない。

そこで
タンク清掃

写真見てピンとくる人は経験者。

取りあえずお約束の水洗いだが、大きな
さびはこれで
出て来る。

もちろん勝負はこれからで、取りあえず使い古しの
花咲か爺を投入。

とにかく様子を見る。

この段階で穴が空くなら空く。
そしたらそこから考える。

…ところでオーディオネタだけ読みたいという方には
バイクネタは不要以外の何物でもない。ごめんなさい?

なぜに突然こんな事を始めたか?

理由は複数あるのだが、ひとつが
運動不足の解消

コマコマと動く。重い物を持つ。姿勢を変えるというのは
案外運動になるのだ。

それより歩いたり自転車乗ったりしたら、と言われたらその通りなのだが
およそ
趣味じゃない

しかし、どっかと座って日がな一日オーディオ弄りなんてのと比べたら
遥かに体に良い?

そんな理由もあるのでご理解ください。


ところで
KPの会会員名簿も更新されている。

こちらご覧頂きましたか?

皆さんでよろしく!


10月19日
SY君は
何かを抱えている。

それは重篤なものではなく、例えば
リアパネル付近の物を再半田などして
上げると済むことの様な気がする。(想像)

だがしかし、どうもこのアンプの基板(
銅箔が厚い)は
素人の手を拒んでいる気がしてならない。

ところでラックにはSONY
SCD-XA1200ESが収まったままなのが
気になっていた。
DV-AX10ばかり聞いてしまっていた。

ローテーションで使いましょう、と
いでみた。
(この時もSYのリア付近の挙動が気になったので前述の事を書いた)

するってーと、
これも良い音だ。

重厚さではAX10だけど、
華麗に散らばる感じはXA1200かと勝手に思う。



ソフトネタ?

別に意識していないというか、元来計画性ゼロのホームページだ。

あまりに有名なソフトなので説明は省略。
傳先生お気に入りの一枚だ。

相当前に手に入れているし、幾度となく再生するのだが
”どこが良いのか
イマヒトツワカリマセンネン”というのが正直な気持ちだった。

それが
今回初めて、”あ、いいかも”と思えたので取り上げ。

パーッと広がる音場。高さも出るのは不思議ですが。

ところでスピーカーマトリックスで聴いているのだが
リアにスピーカーがあると後ろまで音が広がると決めつけるのは間違い。

今も基本的にはぽんせんべいの
向こう側に主たる音場は展開する。

しかし、それでは、とリアを切るとちょっと(かなり)様相が変わってしまう。

やっと一人前のマトリックス使いになれたか?



10月20日



長年書いてきたオーディオ日記を
まとめた物を、
なんて思ってシコシコやっている。

時代は電子書籍ということでePub形式で…なんて考えて四苦八苦。

やっと少し進んで…

は、良いが読み返すと
あまりの馬鹿さ加減に自分でも
呆れかえってしまう。

一体この人何をやっているのやら?何を綴っているのやら?

自分で悲しくなったが乗りかかったものなので成し遂げようかと…

でも、
16年分をまとめるのって想像以上に大変…


10月21日



若いって美しい…

思わずそう思ってしまう。

若いという事は
スリムである。

高齢者にあるのは見苦しさだけである。
そこははっきりしておこう。

しかし、”
逆流”である。

良い響きである。少なくとも”
官僚”という単語よりもしい。

若いという事は”逆流”も似合うのである。

歳を取ると”
逆上”とか、ビミョーに、そして大きくってくる。

書いていて悲しくなったのでこの辺でやめておく。

良く知った町に、知らぬ内に
ドフが出来ていてびっくり。

立ち寄った記念に上記レコード他を求めて来た次第。
久々にジャンクらしいレコードで、これから水洗いが楽しみである。

そういえば
ジャンクコーナーに、似つかわしくない若い娘が入って来た。

え?と思ったらカメラのレンズを物色されていた。
カメラ女子なのだろう。

じろじろ見るような事はしなかったが、
実に美しく感じた。

レコードを漁るおじさんの姿は…

きっと見苦しかったんだろうな…


10月30日

どうも疲れる疲れると思ったら
風邪だった。

熱が上がらないタイプだったようで性質が悪い。

お陰で時間を大幅に無駄にした。

そして
い。またこの季節だ。

今年はケチらずエアコン使おう。

体調不良にいきなりの寒さで
機能不全

取りあえず片付けからやるか。とほほ。



10月31日

ということで
後半失速で10月が終わってしまう。



ま、嘆いていても仕方ない。

オートバイライフ」斉藤純さん著だ。

良い本です。なんて僕なんかが書いちゃいけないのだろう。
しかし、良い本です。その一言が感想。

書き手の
真面目さが全編に漂う。その点ですぐにふざけてしまうよっしーあたりとは
天地の違いだ。

ただ、大変もったいない本である。

なぜかというと、多分本
20冊分くらいのネタが詰まって転がっている。

コース料理四回分を一日がかりで食べる感じ。

逆に言うと大変
お買い得な一冊ということになる。

とにかく何でも出て来るので、バイクが関係する小説、エッセイの紹介もたくさんある。

斉藤さんの本を読んで言うのもなんだが片岡作品の秀逸さにも、改めて気づかされる。

「オートバイライフ」について、いかがな本なのかを書いているだけで
二か月位かかりそうだ。
そんな事をしても仕方ない。理解したければこの本を読んでもらう方が遥かに早い。

一つ言えるのは”
オートバイに乗るというのは大変個人的なことだ”という点において
僕は激しく共感をする。(そういう言い方を斉藤さん自身はされていないが)

個人的なこと、とはどういう事を意味するのかというと、要するに
”僕の楽しみであって余人に何か言われる筋合いのものでははい”という事だ。

これは排他的とかそういう事ではなく、”
ただそういう物だ”という意味だ。

言い方を換えると人それぞれの楽しみ方、接し方があって
それは他者とはそもそもかかわりの無い性質のものだということ。

例えば僕はオートバイに特に
スピードは求めない
というか運動神経が悪いので速くは走れないのだ。

時速40キロぐらいで、ドライブチェーンの音でも聴きながら走っている時に
大変な
解放感を感じる。

これは一例だが、僕のオートバイ的官能はそこにあって、
多分
人とは交わらないと思う。

それをああだとかこうだとか言っても始まらないということ。

オーディオも同じだと思う。

例えば人と交われば確かに世界は広がるかもしれない。

しかし、やはりオーディオというのは個人的趣味なのだ(と思う)

なにしろ頼まなくても色々な情報が勝手に飛び込んで来る世の中だ。

自分であるためには
積極的に遮断をしないといけない位と言える。

50代も半ばになって、やっとそんな事がわかってきた気がする今日この頃です。


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