6月21日
昔カセットテープはオーディオ界の王者だった。
1970年代。若者たちはカセット無しでは寝ても覚めても居られなかったのではあるまいか。
最初はFM放送の録音だったろう。
番組表片手に何曜日何時に何を録るか、真剣に考える。
そのお供は、あるいはラジカセだったかもしれない。
チューナー、カセットデッキ。そしてアンプにスピーカーまで積んでしまうというやり方は
ゼネラルオーディオとしては素晴らしい発想だ。
やがて貸しレコードなるものが進出してくる。
後のビデオと同じで一泊二日でお幾ら、なんて感じでレコードを借りて来てはカセットに録音するのだ。
まあレンタルレコードの始まる前から友達同志でレコードを録ってあげて…みたいなのはあった。
それをきっかけにオンナノコと仲良くなった男性もいたのでは?
上記は違法行為なのだが自身で楽しむためなら合法だ。
レコードが痛まないように、買って来たらカセットに録音してそちらを聴く。
外へ持ち出して、ウオークマンでも聴けばカーステレオでも聴ける。
やっぱりカセットはオーディオ界のホームラン王だったのである。
一般論はさて置いてよっしーとカセットの関係について語ろう。
6月22日
よっしーの場合、カセット恋し、は人並み以上に強かった。
というのも、最初のセットにはカセットデッキが無かったのである。
これは痛い。時は1976年=昭和50年。FMレコパルを開けばエアチェックの話しばかりである。
だが思春期。反抗期。親にカセットデッキ買ってという頭は端から無かった。
男たるものバイトで買うのだ。
晴れて高校生になって夏休み。さあ待望のバイトである。
しかしこれが思いのほか見つからない。
アルバイトニュース片手に友達とあれこれ悩むが、想定したのと全然違う。
まあ思えば高校一年生。下手すりゃまだ15歳なんてのに任せたい仕事はあまりない。
いけない。これでは計画が狂う。俺の夏はどこへ行った。いや、カセットデッキはどこへ行った?
そうこうする内に近所の酒屋さんでバイト募集中という情報が。
一も二もなく飛びついたが、まあきつい仕事だった。
当時であるからビールを呑むとなると瓶ビール。20本入りケースを持って四階階段上げなんて
やる訳だから若くないと出来ない。
その代わり鍛えは入るぞ〜。気づいたらシックスパッドである。
6月23日
さておいて夏が終われば秋が来るということでなけなしのバイト代片手に
考えるのはカセットデッキのことばかり。
バイト代を手にする前に考えたものの中に、例えばアイワのAD-4200なんてのもあった。
スラントタイプのデッキで何といっても価格が安かった。
しかしバイト代はもう少し多く貯まった。
具体的にいうと同じアイワでAD-7600が買えるくらいの線まで行った。
振り返ってその通り、AD-7600なんか買うと良かったと思う。
当時69,800円。
この時代は3ヘッドなんて夢のまた夢だったし、メタルだリバースだというにはちょっと早い。
なんとも地味な時代だったと言える。
しかしそれなりに選択肢はあったと思うのだが、僕が選んだのは、なぜかパイオニアのCT-700という
不思議な機種。
今振り返っても何が決めてだったのか自分でもわからない。
既に長岡先生に傾倒していたのだから、氏のおすすめでも買えばよいものを何故?
と思ってしまうほどに、このデッキはイマイチの感が強かった。

6月24日
まず音だが、いかにもパイオニアらしいふっくらゆったりとした鷹揚なサウンドで
高校生の心には響かない?
*一応書いたがこれは大きな誤解であった。
詳しくは又。
次に不思議な三連メーター。
内二つは通常のVUメーターなのだが残る一つが変わっている。
ダイナミックメーターと言って左右チャンネル共有のピークメーターなのだが
単なるピークメーターとは違い高音低音と言った帯域で考えて、特に気にすべき帯域の
入力の大きさを捉えようというもの。
更にそのメーターを使ってバイアス量の調整可能と、妙にマニアックなのだがそうそう使うもんじゃない。
実際僕も最初に一回か二回使ってみただけだった。

デザインも大陸的というかなんというか、無駄にパネルサイズが大きい気がしてならない。
横幅420oは良いとして高さ185oは何の意味があるのか。
SY99だってそこまで大きくない。
…と、散々言ったが、そのCT-700でどれだけの音を録って聴いただろう?
高校〜大学の7年間。阿保のようにカセットで音楽を聴いた。
室内ではCT-700だったが屋外ではステレオプレスマンだった。四六時中カセットだった。
我が家にはまだまだ大量のカセットテープがあるが、それらはほぼCT-700で録ったものなのだ。
6月25日
そんなお世話になったCT-700だがある時捨ててしまった。多分社会人になってしばらくした頃だったと思う。
壊れたのである。
実は壊れたのはそれが初めてではなかった。
このデッキ、実は致命的な欠陥を持っている。
何かというとメカがストップして落ちる時の衝撃が大きすぎるのである。
正にがっちゃん!
それは良いがその衝撃でヘッドに異常が出て発振してしまう。
お陰でスピーカーのツイーターを一本交換する羽目になった。
クレーム続出では無かったのか?不思議でならない。
二度目の故障で見切りをつけてしまったわけだ。今より思い切りが良かった。
実はその後拙宅にはまともなデッキが無かった。
なにか拾ってくるのだが(買えよ!)、さすが拾い物。調子がおかしい。
ビクターのDD-5を拾ってきて、やっとこ、ちゃんとテープが聴けた気がするが、時すでに
自分の中でカセットテープは終わりの時期だった。
そんな訳でCT-700がよっしーに与えた影響は少なからぬものがあったのだな。
そんなCT-700に、また会ってみたい。一緒に過ごしてみたいという気持ちは、いつからか在った。ずっとあった。
2000年頃のカセット底値の時にでも探せばよかったのだがその後ご存じのように何でもかんでも高騰。
そこまでして想い出に浸りたいかというとためらいがあった。
なのだが今回…

6月27日
出会ってしまったのだ。そのCT-700にばったりと。
場所はハードオフ福知山。

知る人ぞ知る。ポツンと一軒家ならなぬポツンとハードオフみたいな存在のお店。
お邪魔するのは二回目。
そこのジャンクコーナーに、それだけが税込み16,500円という、その棚の中で異彩を放つプライスを付けて
それは居たのだった。
思わずむんずと掴みレジへ向かったからkoyamaさんがビックリ。
まず、よっしーが選ぶ単価にしては高い。
そして録音機には手を出さないと公言していたからこれまでカセットテープ一つだって買った事が無かった。
よっしーさん、なにをご乱心?と焦られていた。
まあ何でもよい。ここであったが百年目。
再生、巻き戻し出来ましたが早送りできません、みたいな絶妙なPOPだったが、別に動かなくても構わないのだ。
持ち帰った初恋の君に対面してみると思った以上に綺麗。これは嬉しい。
唯一、メーターの照明が一つだけ切れているがご愛敬。
さてしかし音は出るのか?
6月28日
適当なテープを放り込んで、ドキドキしながら再生キーを下げる。
すると。おお、出るではないか音が。
いや、音が出て喜ぶとは生活水準の低さが透けて見える。
ああ、確かに自分はこの音を聴いて育った、と思うと涙が浮かぶ。

いや、やはり当時より音が好い。
さすがに周辺機器が違う。
そうか。これくらいの音は出るデッキだったのか。案外自分の選択眼は曇っていなかった?
途中で頻繁に止まったりすることがあって、やはりメンテが必要かと暗い顔になったが
しばらくしたら一切問題は無くなった。
ただ、テープのコンディション次第でトラブルが発生することがあるが、それはデッキのせいではない。
そうこうする内に音質はどんどん向上。
もちろんテープ次第(録音の良し悪し。保管状態の良し悪し)によるのだが、よっぽど酷いテープでない限り
何を聴いても楽しめる。
6月30日
ここでデッキに詫びなければならないのだが、CT-700の音は良かったのだ。
昔イマイチと感じたのはデッキのせいというよりシステムトータルのクオリティに問題があったのだな。
冤罪も甚だしかった。ここに謹んでお詫び申し上げます。
世の中にはいくらでも音の良いカセットデッキがある筈なので、それらと比べたらこんなの大した事ない
と言う事になるのだろうが個人的には今の状態で全く不満は無い。
何が悲しくてこれ以上を探さなければならないのか。
操作だがピアノキーは確かにフェザータッチなんかと比べるとダサいのかもしれない。
だが、どこか操作している確かさみたいなのにも繋がっていて一概に悪いとは思えない。
正立透視のメカ部分は、これはもうドアのトラブルも発生しようが無いし、綿棒でのヘッドクリーニングなんか
一年中やっていても苦でも何でもないほど快適さに満ちている。
なめんなよ、昭和の2ヘッド、メタル非対応時代のデッキを。(誰もなめていないって( ̄▽ ̄;))
そんな訳で毎日毎日テープばかり聴いている。
みんな40年くらい前に録った物達で、さあ、どんな音がするのか?どんな音楽だったっけ?
あるいはラベルに何も無くて、これは一体なんだろう?なんて物もあって
もはやワクワク感を止めることが出来ない。
明らかに自分が録音したのでは無いテープもあるのだが、こりゃ誰がどうしてくれたんだっけ?と
心の訪ね人の世界になる。
ある種の原点帰り。
本当に不満が無い。
それは音がそこまで良い、というより、自分が望んでいたのはこれ位だったし、
こんな感じで十分幸せなのだという事実の確認みたいな意味だ。