3月3日
この日に天気が悪いのは珍しいのではないか?
この日は特に良く空を仰ぐ日だから間違えてはいないと思うのだが…
ある日のよっしーの部屋の風景。
ちょっと散らかり気味だなあ。
3月4日
ここ数週間の間に起きたこと…
一つはあの38センチ。というかEC10エンクロージャー。
せっかく来てもらったのだが思い切ってお別れした。
可能性は無限にあった。
だが見切り千両であろう。
ちょっと大きすぎたから、と言うことにしておいて欲しい。
去ってみるとG7が38センチウーファーを擁したスピーカーとして
いかにコンパクトに作られているかわかる。
そして残されたコンプレッションドライバーを
G7にそのまま繋げても一応繋がる。
なのだがこうした試みはいつだって疑心暗鬼を伴う。
しばらく音の迷い子みたいになると思う。
話しは変わるが「音の夕映」入手。
JL-F35が登場する故だったが当然、いやそれ以上に
面白そうだ。(今読みだしたところ)
35は39ページ辺りに登場する。
こんな面白い(スゴイとは敢えて言わない)方が
僕のファーストプレーヤーを褒めて下さっていると
それだけでとっても嬉しい。
3月5日
「音の夕映え」
僕が高校三年生の時にこの本が出ていた訳だが
さすが不勉強でそんな事はついぞ存じ上げず、であった。
立派な箱入りで装丁も立派。
さすが当時で2,500円しただけの事はある。
ただし、僕にとっては箱入りの本くらい面倒な物は無い。
ついでに言うとセロファンというのか、洒落た古本屋さんなんかが使う
あの薄い紙が掛かっているのも最悪だ。
豪華装丁版に大して失礼極まりない発言だが
超短気人間にはこうした装飾は向かないということだ。
お陰でちっともページが進まない。
読みかけの本について何か言うなんてのも失礼だろうが
まず、この池田圭先生なる方が放蕩息子というか
定職に就くなどということはせずに趣味に奔走したらしいということで
大変気に入って(失礼!)しまった。
これぞ趣味人である。
住居よりもリスニングルームの建設を優先して、
しかもその部屋は打ちっぱなしのコンクリートということで
夏は熱く(原文ママ)冬は氷るばかりに寒いというではないか。
こうした人を好きにならない訳にはいかない。
それにしてもその人がどうしてJL-F35なのかと思ったら、
どうもフルオート機構がポイントだったらしい。
ただ、他にもフルオートプレーヤーというのは沢山あった訳で、
その中でなぜJL-F35だったのか?
ハウリングマージンとかアームの感度の良さも褒められてはいるが、
でも、なぜF35?
あるいはあまり他の製品をご存じ無かったか。
それもあり得るが、とにかくこんな素晴らしい人が、
マイファーストアナログプレーヤーであった
JL-F35を愛用して下さっていたとあの頃知っていれば…
返す返すも残念ではある。
3月6日
気分転換。
3月7日
気分転換に何をしたのだろうって?
CD-10が出ているのはご愛敬。
久しぶりに使っているがこれから暫くの間、
CDディスクを''80〜'90年代のCDプレーヤーで聴くのが流行すると思っている。
…なのだが今回の気分転換はプリの交換だったりする。
SY99からPRA-2000へ。
音のことで迷っている時にこうした事はあまりするものじゃない。
迷いが更に深くなる危険性があるからだ。
わかっているからアンプはすっとSY99+HMA-9500で固定してきた。
ただ、ふと思い立ったということ。
もうひとつ。ツイーターをちょっと交換したりなんてしている。
G7オリジナルのツイーターは断線してしまっているし
その音色はやや暗く、大人しいものだ。
pioneerのS-180のリボンを宛がっていたが、
これは割と正解だったようだ、とわかった。
もっとも、高域の増強は天板にツイーター類を並べれば
幾らでも可能だ。
ただ、上手くやらないと流石にまとまりを欠くようで困る。
3月9日
試せることは全部やっておこう、ということでG7の純正ツイーターを
外した配線にそのままコンプレッションドライバーを繋いでみた、の図。
つまりネットワークはG7のそのままということだ。
ズバリコンプレッションドライバーの能率の高さがもろに出て来て
強烈なハイ上がり。
慌ててG7のアッテネーターを目いっぱい絞るが、
まだちょっと能率高いかな?
思わずホーンの開口にメラミンスポンジを押し込んでしまった。
3月10日
ふと思ったのは、こうした日記というのは読んでいる方からしたら
今ひとつ面白く無いのだろうな、ということ。
なにか新しい(いや、製造は古くても)機器とかが現れて
次から次、みたいな方が多分楽しめる。
…と言う事はさておいてG7のツイーターはpioneerS-180のリボンツイーターに戻した。
一旦道を踏み外した後正しい道に戻ると
有難みが良くわかるのと同じで?
バランスの取れたシステムの良さが胸にしみる。
気づいたらアッテネーターは絞ったままだったのだが
不思議とバランスは良い。
なんでもよい。
取り合えずこの組み合わせを基準にすれば良い。
3月11日
時々音がわからなくなる。
…と書くこと自体が不遜なのかもしれない。
お前ごときがわかるとかわからないとか言うな、と言われたらその通りかな。
解像度を上げよう、と思ったらやたら暴き立て型の音になってしまってあたふたするなんてのは
良くある話しだ。
何事もバランスが、やはり肝心のようだ、と改めて気づくオーバー還暦。
バランスバランスと言っていると、なんともすべからく中庸の当たり障りのない音を言うように思われるかもしれない。
いや、多分そうなのかも。やはり世の中バランスなのである。
その中でピリっと光る何かを磨くことが出来れば、それがその人の音の特色になるのだろう。
全部を光らせようとすると恐らく疲れる系の音になる。それはそれで良いのだ。
ただ、僕の行く道はそれでは無さそうだ。
ここでふと気づくとG7は床に直置きだ。
10年前にG7を迎えた時この置き方で音出しをして、あまりの暗さにこちらの目の前も暗くなった記憶がある。
それ以来一定の高さに持ち上げて聴いていたが、見た目的には直置きかそれに準ずる高さの方が落ち着くと
いつも思っていた。
下ろして大丈夫ならその方がありがたい。
あるいは全体に丸い音なのかもしれないのだが今の自分の好みには合っている。
こんな風にオーディオ装置っていうのも知らない内に変化していくし、第一人間の方が変わっていく。
その人の音というのはその人の人生のログでもあるのだ。
3月12日
ごく普通の音が帰って来た。
それだけで心は大変落ち着くものなのだな、と思う。
果たしてこれで良いのだろうか?と旅に出て、やはりあれでよかったのだ、自分には合っていたのだ、と
気づくのは、それはそれで意味のあることだ。
あるいは段々冒険とか挑戦が出来ない人間になっているような気もするのだが、
とりあえず自分の気持ちには正直でいたい。
3月13日
7はただ今床に直置きである。
この段階でマニア失格?
なぜって世の中に飛び交う文面を見ると、ポン置きでは良い音は出ないと書いてある。
多分本当なのだろう。
しかしよっしーは天邪鬼である。そう言われれば言われるほど、誰が対策なんかしてやるもんか、と思ってしまう。
本当の事をいうとスピーカーベースも持っている。だからある日突然それを使うかもしれない。
だが、どうも気持ちが乗らない。
誰かが言っていた。SNSには私たちの実際の生活と違う世界が展開していると。
いや、まあそんなに極端に現実離れしているとは思えないのだが、逆にいうとこのビミョーに現実からずれた世界が
やばいのかもしれない。
金融資産を持っていて。あるいは不動産からの収入だけで働く必要も無くて、とかいうと明らかに別世界の人と区切ることが出来るのだが、自分と同じような世界にいるはずなんだけど、何だかレベル高そうだな、みたいなのは危ない。
オーディオでも似たことが起きる。
見るからに胡散臭いとなれば問題ないのだが、実にしみじみと。あるいは淡々と何かを説くように書かれていたりすると、
そこにはとっても素晴らしい世界が広がっているような気がしてしまう。
省みて我が身は…、なんて思ってしまうわけだ。
この思考がなかなか危ないのではあるまいか。
もちろん彼我に違いはあろう。よっしーも他所に行けばそこの音に感心ばかりしている。
だが、では天地がひっくり返るほど各々は違うのだろうか?
僅かの違いへのこだわりこそが大切なのだ、と言われたらそれまでだ。
ただ、どうやら今の僕はそうした事に熱中できないみたいなのだ。
ありきたり、大いに結構。
普通で居たい。
あるいはマニア失格かもしれない…
3月16日
案の定ほぼ効いていない。
ダイヤのスーパーツイーター。TW-3301AMだ。
DS-301に使われているタイプ。
でも、しばらく繋いでおこう。
3月17日
「鳴っているのがわかるようなスーパーウーファーは失格なのだ」と
説いたのは長岡先生だが、それからすると今回のスーパーツイーターは成功であろう。
何しろ鳴っているのがわからない(;^ω^)
皮肉をいっている場合じゃない。これではさすがに意味が無い。
そこでFT-90H登場。
日頃休眠するばかりだから断線でもしていないかと心配したがそんなことは無い。
そしてさすがホーンの高能率ツイーター。ある程度アッテネーターで絞ってやっと良い塩梅になる。
これで音色一変…は特にしていないと思うが、要は気分の問題だ。
G7は優しく鳴る。
面白いもので長年上手く鳴らなかったソフトが聴ける音になったりしてオーディオは不思議だ。
ま、そんな話し訊いても面白くも無いと思うので別の件。
JL-F35MをMU31D/TS+EPA-100の右席に置いてフォノイコから何から共通にして、更に同じカートリッジを
宛がってみると両者の音がずいぶん異なるのに驚いている。
一言でいうと35の方が低音が厚く重心が下がって聞こえる。
別にそのことは悪くないのだが、気のせいかピッチが下がって聞こえるような…
ここでスマホにアプリを入れて測ってみると33回転を割っているのが確認された。
逆に31D/TSの方はベルトドライブのお約束通り?34回転付近だ。
なぜ35の回転は低目なのか?
そしてあるいは低音が上昇して聞こえるのはピッチの微妙な差のせいなのか?
気になるが気にし過ぎない方が良いのか…
軽く悩むがプーリーにテープ一枚貼るくらいはやってみようか、とやってみたらあっさり34回転くらいに。
ほんのちょっとのテープの厚さで変化してしまうから33回転に固執すると上手く行かないと判断。
それで音はどうかというと、やはり基本的に下に厚みがある音みたいだ。
そしてそれは悪いことではない。好ましい方向の厚みだ。
このプレーヤーにそんな個性があるとは、恥ずかしながら若い頃全く気付かなかった。
3月18日
気づいたらグダグダ日記になっているじゃないか。
これは嬉しい。
書き手としてはこういうのが楽しいのだ。
ま、読み手がどうかというと疑問ではあるが。
pro-ject DEBUTVの資料を手に入れた。
当時は輸入元がナスペックで発売元が完実電気だったのがわかる。
これを見るとDEBUTVにはUSB OUT付きでフォノイコ内蔵の物と
それが無いタイプの二種類があったこともわかる。
どちらもオルトフォンのOM5Eカートリッジを標準で装備。
モーターはACシンクロナスとなっているが
後期はDCモーターになったようだ、と、それはカタログには
書かれていなくてデノンマランツのお姉さんが教えてくれたのだった。
驚いたのはお値段で、USB、フォノステージ付きのタイプで
93,450円税込み。
それらが無いタイプでも72,450円税込みとなっている。
この時の税率は10%ではないだろうが、それにしても
安くないお値段だ。
僕は動作未確認のジャンクで買ったからお値段1/10という感じだったわけだが
まさかこんな国内価格だったとは、知ってびっくりである。
3月19日
これからやってみたい事シリーズ。
正しくは以前から構想だけはあるのだが、全然手を付けられてない事たち。
三本アームのアナログプレーヤー制作。
フォノモーターはpioneerのMU-1800でアームはSAECの308、407、506。
アームだけでなくモーター部分もボードで差し替え可能なアナログプレーヤーの制作。
P-610を標準箱に入れて使う。
PRA-2000二台使いによる左右セパレートプリアンプ作戦(これは一番実現度高い)。
以下は修理待ちの機器たちの一部だが…
DP-3000素子交換。
TT-101修理。
YAMAHA B6修理。
ダイヤトーンDP-103修理。
マランツCD-34修理。
東芝SD-9500修理。
修理待ちは挙げていくとキリがないのでこの辺で。
3月23日
予告…にすらならない序章みたいなもの?
3月24日
そうした事はやらない、と言ったくせにやってしまう。
信用ならない男である。
G7の下にTAOCを入れてみた。
G7の袴のサイズとTAOCのサイズがちょうど良かったのは偶然。
見た目にはベストバランス。
音はどうか?
ここだけの話しだがどうやら良いみたいだ。というか悪くはなっていない。
ふーん…て感じ。
あまりこうした物の効果を認めたくないのだがあるのだから使っておこうかな?
なんていうと偉そうというか捻くれた感じだが、そうではない。
単に、「これが良い」とか、「これは良くない」とかいうのに疲れたというか飽きているのだ。
オーディオなんてそれほどのものじゃないよ。
3月25日
”音は気楽に聴くもんだ!”
…と泉谷さんもおっしゃっている(笑)
まあそりゃそうです、としか言いようがない。
アンチオーディオマニア的というかなんというか。
一応、だがプレーヤーはSL-1300.
アンプはSA-8900(MK2ではない所が個人的には良いと思う)。
スピーカーはSX-3/U
と、時代を反映するもの。
あ、ヘッドフォンはSE-L25でpioneer。
ところでこのレコパルは'75年の23号。
これ、リアルタイムで買った覚えが無いのだが
(写真の物は今回手に入れた別物)、中身を見ると
どうしたって家に当時あったのだ。
その頃誰かに貰ったのか。
謎なのだがこの謎は解けそうに無い…
3月26日
テスト中。
3月27日
ツイーターのみを延々チェックのため鳴らして聴くというのも
なかなか趣がある?
さすがに時にまともな音楽状態で鳴らしたくなるのだが
907MOS LTDはスピーカーA端子とB端子と二組を持っているから
一種のバイワイヤで行けるから助かる。
フルレンジ領域は栗スピーカーが担当。
CDは何故かCDP-101が受け持っている。
3月28日
'70年代半ばのレコパルを開くと比較的高確率で出会えたのが
みなみらんぼうさん。
武蔵野詩人なんて肩書?に幼い僕としては憧れてしまうのだったが
なによりこの人結構なオーディオマニアだった。
スピーカーとアナログプレーヤーは自作。
どこか長岡教徒的な…
ということは50年前にも気づいていたのだが今回改めてみると
アンプがビクターJA-S91ではないか。
当時のJA-Sシリーズのトップモデルである。
うーん、マニアックである。
そしてこちら五輪真弓さん。
こちらはラックスの真空管アンプなのだがお父様の影響の様。
五輪真弓のレコードはサウンド的に高度という事がこの時から
知られていたようだが、それも五輪嬢ご自身が音にこだわりを持っていたからに違いない。
それにしてもこんな風にかっこよいコンポが置かれて、
しかも雑多なものがお洒落に置かれている部屋に、
当時憧れたものだ。
3月29日
マランツPM-94.。
1985年秋発売。
当時228,000円。
これは会社の同期から頂いた物である。
”壊れているけど直して使うならどうぞ”ということだった。
確か10年も使っていなかったんじゃないかな?
僕の感覚では気前の良い話しだ。
趣味のオーディオを復活させたばかりの僕にとっては
十分過ぎるアンプだったと思う。
ただ、どうしてもセパレートアンプへの憧れを抑え切れず、
可哀想にPM-94の出番は少なかった。
あれから30年余。
同期の彼がこの個体を買ったのが多分昭和60年の暮れだろう。
前にも書いたのだが彼はアンプを買って、僕はバイクを買ったのだった。
その彼が会社を去ってからもう25年くらい経つ。
きっと元気でやってくれていると思うのだが会ってはいない。
昭和60年から40年。
よく働いてきた気もする。
いつか彼を拙宅に呼んでオーディオ談義が出来たらと思っている。
その時に向けてPM-94はメンテナンスしておかないといけない。
それにしても40年か…
3月31日
せっかくだからレコードも、ということでpro-jectを繋ぐ。
考えてみるとこのプレーヤーはフォノ内蔵だからPM-94のフォノを聴くことにはならない。
でも、そんな事はどうでもよいので、聴く。
やっぱり好い音だ。
ただ、PM-94が要お手入れなのも確か。
どうにもボリュームを分解してクリーニングだけでも
してやりたい、という気になるのだが
先にやるべきことがいっぱいあるから今手を付けるのはご法度。
しかしメンテが済めば、後ろに控える907MOS LTDと
夢のスーパープリメイン競演などが出来るのだな…
いや、辛抱。
そして今年度も終わる。