3月1日
なんで足なんだ。顔を出せ、と言われそうだが
どうも勝手に顔をアップしてしまうと怒られそうな気がする。
そう、この度私は本物のおじいちゃんになった。
孫が生まれたのだ。
冗談抜きにまごまごしていられない。
オーディオ機器が酷い目に遭わないように
今から対策をしないといけない。
面倒だが仕方ないのだ。
3月2日
孫が産まれたので老いました。
…なんて事は無いのだが、
つらつら思うとやはり年齢なりの事を感じることは多々ある。
例えば夜起きていられない。
というか、寝るってのも良いもんだ、なんて思っている。
20年前だと寝るのがもったいなくて、夜も2時までは起きているのが
普通だった。
何がなんでも今日中にこれをやるぞ!みたいな
活力というか気合というか、その辺が段々抜け落ちている。
良くない気がする。
そして、ああ、あれもやってみたい、これもやってみたいが
貯蓄されていくというか、やり残しが積み重なっている。
もちろん僕が考える事だからオーディオの事がほとんどで
しかもささやかな事ばかりだが、それでも進んで行かないのは
気持ちが悪い。
そうだ、僕は急がないといけない。
孫よ、そんなわけで君を構っている時間は僕には無い。
いや、オマエニカマッテホシイとはハナカラオモッテイナイと
言われるな、きっと。
まあなんでも良いが僕は少し焦らないといけないのだと、
そんな気がしているのだ。
3月3日
またこの日が…と言い続けて、とうとう丁度30年の
節目を迎えてしまった。
30年…
書けば三文字だが決して短い時間ではない。
本当に残念だが母は私たちの子供を見ることなくいった。
つまり孫を見なかったのだ。
そんな想いの反作用で、よっしーの妻は今大張り切り。
オーディオにマニアがいる様に、もてなし好きにもマニアが居る?
いく所まで勝手に突っ走って具合が悪くなるんじゃないかと
心配もするのだが、かまう事が出来ることが幸せなのだからそれで良いのだ。
しかし30年…
やはり短くない。
大変な時が流れ、在銘であればひ孫にあたる命が生まれたのである。
3月4日
オーディオのことを書かないからオーディオしていない、なんて事は無い。
スキャンピーク10cmダブルバスレフGTOスペシャルに
サンスイの907MOSを宛がってみた。
このスピーカーに最も合うアンプはなんだろう?
そんな事を考えるのも楽しいものだ。
アイワS-A60から907MOSへ、となるとそりゃあ音質は格段に上がる。
ただ、それだけでは喜べないところがオーディオの難しいところだ。
さておいてアンプなんていうのもほどほどに電気を通す事が大事。
そしてもう一つ。プリだとプリメインだのは特に、
付いているスイッチは意味も無く毎日動かした方が良い。
もちろんそれをやっていても接点は汚れるのだが
何もしないのとでは各段の違いが出る。
それにしても出来たら風通しには気を付けながら
ずっと電気を入れっぱなしにしてあげたいものだ。
こそこそ聴いていても、”お、いいじゃん”という音になるまで
1時間くらいは掛かる。
常にベストの状態で居てもらうのは本当に難しい。
3月5日
やってしまった。
朝、着替えようとパジャマのズボンを脱ごうとしたら
突然来た。
ぎっくり腰とまではいかなかったが
思わず声が出るレベル。
結局今も痛いのだが理由がわからなかった。
しかし午後も遅い時間になって、あっと気がついた。
907MOSである。
結線のためラックから引っ張り出した。
その時はなにも感じなかったのだが
流石単体で30kg強のプリメイン。
後から腰、背中を襲ってきた。
油断大敵。
なにかやる前と後には入念なストレッチが必要なお年頃なのだ。
しかし人間の身体は自然治癒するが機械はそうもいかない。
内心907MOSの方が気になるあたり、私は立派なビョーキ持ちです。
全てのスイッチをパチパチやろう。
そして通電。
CDは活き活きと鳴ったので今夜はアナログだ。
いかん、早く寝て直せとかみさんの冷ややかな目線が…
もう寝ます…
3月7日
さすが高齢者?
腰と背中の治りが悪い。
時間のロスも甚だしい。
これからは本当に気を付けよう。
寝た切りという訳にもいかず、買ってあった中古レコードの
クリーニングなんかしつつ907MOSでGTOスペシャルを鳴らす。
音は良いのだが腰が痛い。
やはり身体あってのオーディオだ。
3月8日
よし!治った!
…と見せかけてスッキリとは治らない。
腰から背中。
いつからこんな柔になったのか?
情けないったらありゃしない。
当たり前だがアンプとスピーカーだけでは音は出ない。
ADPは目下PX-2を使用。
カートリッジは。あれである。
REGA CARBON装着。
充分立派な音で鳴っている。
3月9日
話しは変わるのだが今書いているこのぺージのタイトル部分は
HT-500MK2になっている。
するってーとGoogleさんの方で、勝手に関連ページなんてものを
見つけて来てくれたりする。
当然だがHT-500MK2について触れたページばかり出て来る。
ということは逆にそのページをご覧になった方達には
僕が今書いているこのページが関連付けありということで
目に留まるわけだ。
ところが、3月1日以降HT-500MK2については大して書いていない。
出て来るのは腰痛の話しばかり?
これはいけない。詐欺になってしまう。
…いや、別にだますつもりも無いが。
HT-500MK2だが絶好調。
音も良いがフルオートだがベルト一本保守すれあば
ほぼ永遠と言える命を持っているのは素晴らしい。
さすが日立の忘れ形見?
現在三点支持にしてリジッドにセッティングしているのは
多分良いことだと思っている。
3月10日
治りが悪いのは歳のせい…というより根性の問題だな、と
気がついた。
しかし無理をする気にならず、レコードクリーニングなどという
割と力の要らない作業に傾倒。
しかしOYAGは偉大だ。
写真のレコードなんかプチプチノイズが凄かったが
2〜3回儀式を繰り返したら聴けるようになった。
そしてどこか痛いときはフルオートプレーヤーのありがたみが身に染みる。
3月11日
11年というのは節目としては半端だ。
10年とか干支一回りの12年ならわかるが…
しかし3月11日が金曜日に当たる今年この日はいつも以上にリアルに
その日の事が思い出させる。
揺れが来た時僕は仕事の車の中にいた。
コインパーキングに停めた車に戻って来て、さて次は…
なんて思っていた所で地震が来た。
車のサスペンションの揺れるがままという感じで
制御不能の状態に数分あった。
その後馬鹿だから余震の中仕事しながら
勤め先に戻りそこに一泊。
土日が新宿での大きなイベントだったので
土曜日は悪戦苦闘の末会場までたどり着いたものだった。
もちろん僕の経験なんか、直接の被害に遭った人達に比べたら
なんでもない。以上は単なる想い出みたいなものだ。
それにしても11年前。
仕事人生約35年とするとその三分の二くらいの時の出来事だったのかと
これまた驚く。
こうしてみると、やはり沢山の出来事があったのだ。