10月2日
なんとなく日々は…
なのだが父が今年二度目の転倒をしてくれてバタバタやっています。
まあ転ぶなとも言えず…
で、音を聴くというよりもレコードが回り、アームが、カートリッジが
盤をトレースする様を観ている今日この頃。
そのついでにレコードクリー二ングをしているのか、
レコードクリーニングのついでに音を聴いているのか?
わかりません。
手あたり次第に盤を出して来ては針を落とすを繰り返しているのだが
今回は「オムニディスク」。テラークの総集編的、かつディスクチェックディスクだ。
比較的状態は良い方だがこれから掃除する予定。
それはさておき、このディスクのサイド3にはテラークの色々な盤の
オーディオ的白眉が、それこそハイライト集みたいな感じで収められている。
となると、当然1812が入っている訳で、しかもカッティングレベルを上げた物まで入っている。
これはもう昔からまともにトレースしようと思わないのが吉という感じなのだが
(たまにトレース出来た組み合わせもある)
今回適当に掛けていたら、なんと楽々?やり過ごしている??
カートリッジはEPC-270でアームはグレースG-940なのだが
どうもさすがワンポイントアームというか、一歩間違うと
フラフラのフラリンコというだけあってトレース力に長ける?
ま、本当の事はわかりません。
念のためですが、これがトレース出来たから優れた装置というわけではない。
10月3日
どうでも良いのだが、物事には流れという物がある。
そこで1812国内盤。
これがまたオムニディスクを上回るハイレベルカッティングが成されているということで
有名な?一枚。
さて、今度こそミスるか?と興味津々で居たら
さり気なくトレース。
ありゃりゃ?
もっとも、このディスクの大砲。実際には絶対に空白めいた部分が出る筈だそうで
ここでいうトレースも、いわゆる飛んで元の位置に戻るとか、
明らかにどこかへ飛んでいるとかいうことは無い、
という風にご理解頂きたい。
でも、まあそれは謙遜めいた言い方でもあって、
これだけ出来りゃ万々歳というお話し。
柔よく剛を制すとはこのことか?
10月4日
毎日似たような画像と進歩の無い話を聞かされる方は可哀想である。
しばらくこんな感じなので来月くらいまで見に来なくても大丈夫かもしれない。
しかし、同じ人の同じレコード棚にあって、「なんでこんなに汚れているんだ?」と
首を捻りたくなる盤もあれば、全く問題がない盤もあるというのは
不可思議ですらある。
さて、心の中ではあれこれ思う所もあり画策もある。
腰が上がらないのは諸事情による。
しかしここで書くべき事でも無いが、男の子に生まれて、
「ああ、ウチのお父さんは偉いな」、と思えるのと
「ウチの父親はどうしてここまで馬鹿なのか?」と思うのでは天と地の違いがあると思う。
小学一年生だか二年生だかの時に、「尊敬する人)というお題で作文を書くというのがあった。
その時大多数の人が、尊敬する人に「お父さん」を挙げていたのが
心底不思議でならなかった。
これは掛け値なしに本当の話しだ。
摩訶不思議。父親というのは尊敬する対象になるものなのか?
…と茫然とするくらい、予てより僕の父はアホだった。
「どうしてこの人が自分の父親なんだろう?」と不思議でならない存在。
それがウチの父であったし、今もそうだ。
こんなことを言うと、ほとんどの人が「お父さんの事をそんな風に言う物じゃありません」と
いう顔をする。
そのことにも僕は慣れ切ってしまっている。
同様の事が何十年と繰り返されてきたからだ。
しかし、これがまた例外なく、なのだが、そう言っている人が
ウチの父と正対すると、「な、なるほど、こ、これは酷い…」と
心の声を発するのが聞こえるから笑ってしまう(笑)
今も施設で(短期滞在と信じたいが)、僕に向かってアホの限りを尽くすので
ヘルパーさん達は目が点になってしまっている。
お陰で僕は「世界の偉人」扱いだ。
(笑)、と付けたいが付けられない。
まあ、呆けてはいない事は確かなので
それで良いことにしている。
早く退所して欲しい。
本人のためでもあるし、日本の介護職に悪い影響を与える懸念があるからだ。
10月7日
燃料コック。
部番で検索するとTL-125辺りが出て来るが
ホンダの14mm物なら大抵合うのだろう。
実は先日来、ガソリンがあるのにガス欠、みたいな症状が起きていた。
これはもうコックの詰まりを疑うしかない。
ちなみに一旦抜いたガソリンには怪しげな異物の混入が見られた。
全部がそうかはわからないが
所謂タンク内のサビみたいなものが含まれるに違いない。
古いバイクに乗る場合、たまにはガソリンを抜いてこの種の浮遊物を
削除するくらいの事はした方が良いのだと反省。
CB50も気づけば手元に来て、そろそろ10年。
車齢は41歳か42歳と思うと凄いものがある。
こんな写真で見ると随分綺麗そうに感じるかもしれないが
実車は結構汚い。
もっとも、それは僕の、「あまり綺麗にしないで乗りたい」、と
いう方針によるもの。
この人、頭がおかしいので、一旦気合を入れ始めると
とことんまでやらないと気が済まず、とんでもない事になる。
それを抑え込んでいると思って欲しい。
もっとも、理由の一つは赤貧であり、
このCBとの10年間は可処分所得の危機も甚だしい時期だった。
だから涙ぐましい努力をしながら乗っていたと思って欲しい。
今後は(まだ乗るのか?)各パーツの限界まで使う様な真似はせず
道楽半分のパーツ交換などもしてみたい。
…と、口では言っておこう…
10月8日
やたら馬鹿な事をいう親父も困るのだが、
呆けると悲しい。
お陰様で環境も変えられそうなので
今後に期待。
延々TTS-2500+G-940も飽きるので
GT-2000。
カートリッジはPC-10。
GTプレーヤーも今更、の感があるのかもしれないが
たまに音を出すと一種の安心感がある。
なんというか自分にとっての心の故郷みたいな感じか。
言葉では伝えるのが難しいかもしれない。
例えばHMA-9500なんてのも心の故郷だし、
CB50も心の故郷か。
誰でもそんな物を持っているんじゃないか?
10月9日
何かを積極的にやろうという気にならないというか腰が上がらない。
ま、そんな時もある。
弄り回さず固定された環境で音を聴くのもまんざら悪いもんじゃない。
さて、GT-2000。
昨日はちょっと控え目な言い方をしたが、随分良い。
爽やかでストレート。引き締まって音場も広い。
さて?どうしたのでしょう。
10月10日
ちょっと戯れ。
10月11日
ある日ドフを巡回していたら、とある物と目が合った。
「呼ばれる」という言葉があるが文字通り呼ばれたようだ。
なにかというとヤマハCDX-2200。
この期に及んでCDプレーヤー。それも家にたくさんある品々よりも
更に古い1986年製に目が行くとは正気の沙汰ではない?
その通り。
しかし今回はよっしーにしては珍しく迷わなかった。
理由その1。
実にルックスが良い。
ヤマハのCDプレーヤーとは縁が多く、これまでも幾多の物を使って来た。
いずれも見た目が抜群。
だが、今回の物は更に一段上を行くものを感じ取った。
オーディオには幾多の要素があって、音も大事だがルックスも大事。
そう言いながら、よっしーは日頃見た目では選ばない。
やっぱり音を重視してしまう。貧乏性だ。金持ちの発想ではない。
しかし見た目は大事。なにしろ四六時中目に入って来るのだから。
それに2019年の今日、令和の時代に昭和のCDプレーヤーを買おうというのだから
音なんぞどうでも良い。それより見た目である。
多分これがチタンカラーとかだったら買っていない。
黒、というのも重要。よっしーはブラック好きである。
同時代の名器にCDX-10000があるが、あれは黒が無い。
更に縦横比だけでいうと2200の方が10000よりスリム感があって決まっている。
10000はフラッグシップとしてバブリーな香りを発する宿命があったのだろうが
2200は所詮中級機ということで余計な威張りは無い。そこが良い。
10月12日
理由その2。
そして持ち上げようとするとずっしり重い。
16kg。
もちろんDV-AX10あたりと比べると軽いという事になってしまうが
当時の同クラスでは最重量級。剛性も十分に高い。
背面を見ると出力端子はシンプル。
普通にRCAが一組。
中途半端なバランスアウトなどが無く潔い。
デジタルアウトはある。これは当然。
それより目を惹くのはぶっといACケーブル。
HX-10000などと同様の物が付いている、というより生えている。
この段階でお引き取り決定というところか。
とどめにリモコンも付いている。これもポイントが高い。
ということでCDX-2200降臨。
しかしもちろん正常品ではない。だったら買わない(買えない)。
トレイ開かず、ノーチェックであった。
これはある意味とっても怪しい。トレイを開けるだけなら難しく無いが
ピックアップが逝ってしまっていて動きません、なんて可能性もある訳だ。
ま、その場合は諦めようと思った。それは仕方ない。自分に見る目が無いだけだ。
ただ、サイドの留めねじも当然チェック済みで、開けられた形跡は無し。
多分オーナーは、純粋にトレーが開かないから捨てようと思っただけだろう。
10月13日
取りあえず天板を外して中を見ると、見事にトレイ開閉ベルトが無くなっている。
それだけなら簡単なことだ。
ただ、悪名高いこの頃のヤマハベルト?
切れた、伸びた、ではなく加水分解でドロドロになっている。
これが実に始末に悪い。お陰でCRCとパーツクリーナーでお手洗い10回、みたいな事になった。
それでも何とか適当なベルト装着。
だがトレイはまともに動かない。
検索するとわかるがトレーが乗っかっているゴムローラーも例外なく加水分解する。
これも交換しないとまともにはならない。
さてしかし、それは今後の課題にしておきたい。
なによりディスクを読むかどうか?だ。
手についたディスクを放り込む。
文字通りの手助けは必要だが、なんとかトレイはオープンしてクローズする。
で、どうだ?
おめでとうございます。ディスクは無事読み込めました。
どうやらそっちは大丈夫みたいだ。
音だが、これが久しぶりに驚いた。
これは良い音だ。ビンゴである。
良く、「ヤマハビューティー」という。
あまりにも安直なのでその言葉は使いたくないし、ヤマハの製品が全て同じ音がするわけではない。
しかし、これこそビューティーなのでは?という音がする。
繊細でつややかな高域。ちょっとオーバーアクションだが量感と迫力を感じさせる低音。
一般に、多くの人が「良いですねー」と褒めたたえるような要素をしっかり押さえている。
ただ、それが上っ面だけを抑えたものでは無く、厳しい鑑賞にも耐えるだけのクオリティを
伴っているから存在価値がある。この価格帯ならではの意味がある。
これが10万円未満コースとなると薄くなってしまうのは不思議だが本当だ。
10月14日
価格と言えばこのCDX-2200は1986年当時168.000円。
16万円台というのはなかなかビミョーな値付けだ。
20万円でも無ければ10万円でもない。そこも興味の対象だった。
ただ、まあ当時はソニーCDP-555ESDの150.000円。
サンスイCD-α907の150.000円。
ビクターXL-V1100の150.000円。
ケンウッドD-3300Pの160.000円。
テクニクスSL-P1200の160.000円。
ティアックZD-6000の165.000円とライバルがこの価格帯にひしめき合っていた。
20万円、といえない頃だったのだろう。
そんな中でCDX-2200の168.000円は一番高い値付けとなるが、重量はブッチギリの15kg。
重ければ良いというものではないが、重量の裏付けとしてボディの高剛性がある。
いつまでも、音のためには重量が必要、なんて言っているようでは駄目なのかもしれないが
不思議と音と重量は比例する傾向があるのは事実。
もう最近は、デジタルプレーヤーに剛性を求めるなんてナンセンスなのかもしれない。
第一ディスクプレーヤーの数が少ない。時代の流れからして当然だ。
だから尚更軽薄短小になる。仕方ない。
重く丈夫で鳴りにくいディスクプレーヤーがこぞって作られていたのは20世紀の内だけだったかもしれない。
SCD-1の27kg。DV-AX10の24kg。
もう過去の金字塔なのだろう。
10月15日
取り外す前からただ者じゃない感が漂う天板。
普及機の場合、サイドも含めてこの字型の成型で薄っぺら。
床に置いて上から押したら撓んでしまう。
CDX-2200の場合はこの字というより独立したパーツたちで
この字を形成して補強もしてある形。
強度は凄い。
ただ、これでも叩けば鳴ることは鳴る。
ひっくり返して底板を取った図。
ビームの様な物が走り強靭な作りなのがわかる。
ついでに半田面もチェックしたが現時点で劣化しているところは無かった。
上から見ると金の掛かったパーツ類が目につく。
オーディオ基板はCDX-10000と同じだとかなんだとか。
ヤマハのロゴ入り電源トランスが二基。
この二つだけでかなりの重さになっている。
ドライブメカも10000様にはもちろん及ばないが
普及機とは一線を画すレベルのもの。
空中配線的なところも多いが、
では、とこの配線の取り回しを弄ってしまえば音も変わってしまうのだろう。
底板も十分厚く重い。立派なものだ。
スライドレバー式の輸送時ピックアップ固定装置は親切設計。
インシュレーターも10000様と共通の立派なもの。
ディスプレイ、スイッチ類とも使い勝手は悪い。
しかし個人的には文句をいう気が全くしない。
デザイン優先。大いに結構。
この辺も使いにくくて手を出す気がしないが、それで良いのだ。
10月16日
それにしても、改めて、CDX-2200は33年前のCDプレーヤーである。
ずばり昭和のプレーヤー。ヤマハがヤマハ株式会社になる直前。
まだ日本楽器製造の時代の物なのだ。
CD生誕からわずか4年目のプレーヤー。
シングルCD非対応のディスクトレイが輝いている?
人によっては、「やっぱりCDプレーヤーも昔の物の方が良いのですか?」
なんて訊いて来る可能性があるが、そんな事は無いので、まともな人は手を出してはいけない。
ただ、その音作りが好きかどうかという話になったら古いも新しいも関係ない。
音作り、と言ったがCDプレーヤーもアナログカートリッジと同様音作りという要素が
あって然るべしと思っている。
CDX-2200の音はハイファイだがちょっとづつ誇張感のあるもの。
爽やか、という演出があり、高分解能という演出があり、量感という演出がある。
特に低音は津波のように押し寄せる感じが凄いがもう少し引き締まって良いと思う。
この辺でDV-AX10辺りにはっきり差を付けられる。
ただ、特に小音量で聴いている時は心地よいのも確か。
ほとんど「おじさん騙し」みたいな世界だが、こっちも大人になって
「よし、一歩進んで騙されてみよう」と思うと大変心地よい。
このあたりが10万円未満のプレーヤーだと騙し切ってくれないし
20万円以上になると妙にまじめというか、査定を気にしながら働いている
ビジネスマン風になってしまうのが多いのだ。
10月17日
拙宅のリファレンスDV-AX10。
これはそれこそSACDでもDVD-AでもCDでもDVDでもなんでも掛かるという
正にユニバーサルプレーヤー。
…なのだが、残念、僕の個体はDVD-Aに対応していない。
これはパーツ交換の問題ではなくファームウエアの書き換えの問題で
パイオニアでやってもらわないと駄目。
しかし、とっくにその期限は過ぎているからどうにもならない。
一方で下位機種のDV-S10AはDVD-AはオーケーだがSACDは最初から非対応。
両方あると万全?
ここでDV-S10AのデジタルアウトからDV-AX10のデジタルインに繋げばDVD-Aの情報を
橋渡し出来るという情報を得た。
SACDの場合デジタルアウトは頑なに拒まれているが、DVD-Aは抜け道がある訳だ。
なるほど、と試してみることにした。
DV-AX10の上にDV-S10Aが載って…と、この状態で既に常人の域を超えているが
やる時はやるのである?
結果。いともたやすくDVD-Aの音がDV-AX10から出てしまった(!)
で、音は?
面白いものでというべきか、当然というべきか、AX10寄りの音でDVD-Aが鳴るのである。
DV-S10Aも充分優秀だが、微かにチャラチャラした感じがついて回ることがある。
それがこの場合だと見事に消える。
よく言われるDACの支配力というヤツだ。
改めて、だがDV-S10Aも優れているしAX10はそれを上回るパフォーマンスを見せる。
特にAX10の重量24kgは伊達じゃないのだ。
また、こうして考えるとAX10は単体DACとしても優れている。
ふと思いついてCDX-2200のデジタルアウトからAX10のデジタルインへ。
これでどうか?と思ったら、やっぱりAX10寄りの音になるのである。
この使い方がベストかどうかはわからないが、ひとつの可能性を見る物として
大変興味深い。
10月18日
CDX-2200の音と接していて前々から思っていた事がひとつはっきりした。
それはオーディオとは〇〇感の世界であるということ。
例えばワイドレンジ感、なんてのがある。
実際にはデジタルアナログを問わず、実際のレンジなんてのはそんなに違わない。
レンジのあるなしを決めるのは、要するに帯域の両端が目立つかどうかによる。
ハイエンド、ローエンドがちょっと強調されているとワイドレンジに感じる。
もちろん、そんな簡単なものじゃないのだが短絡的に言うとそういうことだ。
音場感、なんてのもある。
正しい音場という見方から離れると、これも演出の世界だ。
遠くのものがより遠くに感じるように。近くのものがより近くに感じられるように
録音をする。往年のテラークの録音などが有名だ。
それはもちろん悪い事でもなんでもない。
もちろん、何でもそうだが、その演出に酔えないと拒否反応が出るが、これは仕方ない。
やり過ぎると良くないが、ではありとあらゆる物から演出を無くしたらどうなるか?
恐らくかなりつまらない物になると想像する。
10月19日
先日コックを換えたばかりのCB50なのだがある日なんだか
ガソリン臭い…
この車体。ガソリンに関しては相当な物だったが
9年の間にタンク交換。コックも交換。キャブは度々掃除と
やることはやり尽くしている。
後は…となると、案の定燃料ホースだ。
キャブ側から漏れていた。
一言で言ってホースの経年劣化。硬化である。
念のためだが停めてある車体からガソリンが漏れていたりすると
119番に通報されて消防車が来ますから。
というか原付なんか10数センチのホースが一本だけなんだから
とっとと換えろってか?
申し訳ありません。換えます。
これもまた内径がどうとか外径がどうとか言い始めると大変なのだが
内径5ミリ。外径10ミリの物で決定。
届いたホースはグレイがかった洒落た外観で僕のバイクには似合わないが
そんなこと言っている場合じゃない。
たっぷり余る長さで届くがカットははさみが一番。
黒く見える短いホースが元の物。カチカチにはなっていないが
端の方が硬化気味。
キャブ車だと洒落も効くがインジェクションだったら大変よ。
しかし新しいホースの柔らかいこと…
これが本来の在り方です。
クリップも付属していたのでとっても安心。
もしもアナタが古い車など手に入れたなら
ホース類は乗り始める前に無条件に全部交換されたし。
原付なればこそこんな事で済むが(本当は済まないが)
高速走行中に車両火災なんてなったらあの世行です。
10月20日
ヘルメットのシールドが古ぼけて視界不良もこの上なかったので
アクリサンデーで磨いて(撫でて?)みた。
これはなかなか正解で、実に世の中がクリアーになった。
ただし、これまたこの使い方が正しいとは言い切れない。
まだまだ新しいメットのシールドに試して変な事になっても
当方は一切関知しないのでそのつもりで。
10月21日
CD37年。
生きてはいるが買うのに困る。
店が軒並み撤退した。手に取って…と言っても難しい。
必然的にネットで買う事になるが、そうであれば今後はますますダウンロードが
主体になるだろう。
40年の区切りの年にはどうなっているか?
それにしてもアナログレコードをあっという間に隅に追いやったCDが40年を待たずにこんな
事になるなんて誰が想像しただろう…
…なんて事は無くて、昔から言われていた。やがては回転などしないメモリーに
置き換えられるだろうと。
その流れは2000年代に入り、特にiPodなんかが普及した辺りで加速している。
ただ、CDが本当に王座に居たのは20世紀の間までだったという見方もある。
1999年頃SACDやDVD-Aが登場。
それらはCDを蹴散らす事は無かったがマニア相手のディスクプレーヤーは
CD専用機からユニバーサルプレーヤーへと徐々に移行していった。
アナログレコードは1982年で息の根を止められたと言われたが、CDは1999年頃
徐々に死に体にされていたのかもしれない。
ソフトよりハードの面で、究極のCD専用機なんては21世紀に差し掛かった頃から
作られたことがあったかどうか?
そう考えると不憫でならない。
もちろんユニバーサル機でも高級ならCDの音も良いというのは間違いではない。
ただ、16bit44kHzを活かす。そこに特化した物はとっくに作られなくなったのではないか
ということだ。
ラストメディアをどう見るか、という問題はやっぱりある。
ディスク自体の作り方という問題から始まるが、ここではそれはさて置いて
機械の側の問題に絞る。
SACDとCDと両方掛かる機械にSACDとCDを放り込んで、SACDの方が良いですね、というのは
なにか、ちょっと違う気がし続けていた。
CDが良い感じで聴ける専用機、というのはあって然るべし。
だが、それは2000年代に入ってからは、作られなかったとは言わないが
極めて限られた数だったという気がする。
デジタルの世界では古い名器というのは存在しないという言葉がある。
なるほど。
ただ、「本当なのかな?」と疑う気持ちもある。
16bit44kHzに限って言えば1990年代までの物の方が良いのではないか?
更に言うと景気の好かった頃の物に見るべきものがありはしないか?と思い続けて来たのだが
今回CDX-2200にお出まし頂いて、その思いが強くなるばかりになってしまった。
物量即ち正義ではないのだが金の掛け方は嘘をつかないというのも一方の真実だ。
10月22日
10月24日
一発でなんとかなる程世の中は甘くない…
10月25日
カンチレバーかけつぎ。
折れたカンチレバーの先に別のカンチレバー(当然針先チップ付き)を
継ぎ足す。
言うは易く行うは難し。
まず、折れたカンチレバーがある程度の長さを残してくれているかどうか?
当然ながら折れる物というのは大抵根本付近で折れる。
故に残りは少ない。
だから大変になる。
それでも今回の物なんか、まだ良い方だ。
次にカンチレバーの太さの問題。
同じ太さではかけつぎは出来ない。
単純に考えると元のカンチレバーよりも太いカンチレバーを
かけつぎ出来ると吉。
ただ、そう都合の良いものが手元にたくさん転がっているわけではない。
更にカンチレバーの構造だが、思いっ切り中空のパイプなら
話は簡単。
ただ、双方が無垢のパイプみたいなのだとこれも大変。
解決策としてはジョイントパイプみたいな物を作って繋ぐか、
あるいはピンバイスなどでカンチレバーの中心に穴を掘って
コンマmmの芯を埋め込んで、これをジョイントに使う。
豊富な工具と実体顕微鏡。
更に高度なスキルがあれば出来るのかもしれないが
僕の手元にあるのは普段使っている接眼鏡。
ピンセット。爪楊枝くらいなものだ。
それでなんとかしようというのだから虫が良い。
実際どんな作業になったかを説明するのは容易ではない。
初回は接着剤にアロンアルフアを使った。
二回目は二液性のエポキシ接着剤。
振り返るとこれはどちらでも大差なかったかもしれない。
それよりも接着初期の30分から1時間くらいの間に
継ぎ足すカンチレバーが、理想的な角度にキチンと落ち着くのを
観察して場合によっては補正をし続けなければならない。
ここが肝であり難儀な時間である。
初期の硬直が始まってしまえば、後は一昼夜放置で終わり。
…だが、読むのとやるのは大違い。
これは言っておく。
それでもコケの一念というか、やっていれば腕は上がる。
それも確か。
まあ、おっさん、能書きは良い。
それで結果はどうだったのか?早く聞かせろ、という声が聞こえて来そうなので
先を急ごう。
まず音は出た。
なんだ、と言われそうだが、この瞬間結構感動する。
凄い!直せた、と思ってしまう。
それにカートリッジ本体は断線していない事が
わかるので嬉しいものだ。
そして結構まともな音だ。
ただ、残念、子音が歪む。
針圧2.5gまで掛けて、まあ何とか、という所だが
総合点では65点という感じ。
この子音歪の原因がなんなのか?
疑わしいのはカンチレバーというか針先チップが
正しい角度で付いているのか?という点。
さっそく捻ってやろうかと思って思い留まった。
まあ待て、もう少しだけこのままの音も聴こう。
針先。確かに重要なのだが、現実には曲がっていたカンチレバーを
ピンセットで適当に直したカートリッジが普通に使えていたり
固体差で最初から?「これ曲がってネ?」なんてのもあるが
こんな風に子音歪にはならないものなのだ。
すると別に原因が?
例えば移植したカンチレバーというか針が
こういう傾向の音なのか?というのもある。
次にダンパー劣化。
何しろこのカートリッジ自体40歳では済まない筈だ。
そこについていた針折れカンチレバー。
延々放置されていてまともな訳がない?
なんだか疑惑の総合商社みたいな感じなので
ちょっとだけこのまま聴いてみる。
それでも面白いもので、第一音よりも今の方が
歪は減少しているのだ?
10月26日
何をやっているのですか?と訊かれたら
「馬鹿をやっています」と胸を張って答える。
全くもって何をやっているのか?
盤にちょっと針を降ろしては上げて、ああでもないこうでもないとやっている。
オーディオは音楽を聴いて良い気分になるための物
と考える人からは信じがたい所業である。
ただ、何事も見るとやるとは大違いなので
手を染めてみるというのは大変有意義。
アナログカートリッジ。
ある意味単純の極みなのだが実に奥が深い。
このような物を組み立てていた女工さん達には
今さらだが頭が下がる。
怪しげな再生?針のその後はどうだ?
まず、ダンパーだが、これは一応正常の範囲にあるとみて良い。
と、なると女性ボーカルの子音歪は単純に針の問題という事になる。
水平に問題があろうかとピンセット片手に「エイヤ!」と
向きを補正なんかしてみた。
おお、また少々改善されたような…
しかし歪は残る。
悪戯に針圧を上げて解決しようとすると
ボディが盤面に近づいてしまう。
なんとか針圧1.5g以内でトレース出来るようにしないといけない。
…なのだが、ここから先は難しい気がする。
そもそもカンチレバーの長さだって正確かどうかわからない。
また、接合の仕方にも問題は残る。
ま、そんな事が知れただけで由としたい。
ただ、「こりゃなかなか面白遊びじゃい」と
目覚めてしまった気がして、それが怖い。
10月27日
空に浮かぶ雲がトイプードルのように見えるようでは
ビョーキである。
さておいてType3の針蘇生。
当初比で大幅に改善。
なるほど、ここが駄目だったのか。
では、こうすれば良いんだな、という所までわかった。
ただ、この個体をこれ以上追い込むかというと
そろそろ打ち止めにしたい。
後に続く人のために?一応補足すると
かけつぎが上手く行くかどうかはひとえに
折れたカンチレバーがどれくらいの長さで残っているかに
掛かる。
それと、今回は登場していないが
ピンバイスなどが扱えると良い。
ただし0.1〜0.3mm級の極細のを
しかもかなり正確に使えないと駄目だ。
そこに、やはり0.2mm級の金属の棒を挿して
それを芯とみたてて新旧カンチレバーの架け橋にする。
これが出来ると多分上手く行く。
ただ、そんな細い棒は普通に売ってはいないから
自力で研削して作るしかない。
そこまでやるか?
やりたくない場合はカンチレバーを長く残して折れている物。
あるいはカンチレバーは問題ないがチップだけ落ちている物などを
相手にするに留めておいた方が無難。
ご参考になれば幸いです。
不出来な蘇生カンチレバーで可哀想なType3だが、
しかし、どこかハリウッド女優のような、
良い意味での傲慢さを匂わせる
ゴージャスなサウンドの片鱗は感じられる。
人気があるのも理解できる。
10月28日
味覚聴覚何でもそうだが、極端な物を聴き続けていると
わけがわからなくなる。
怪しげな改造カートリッジに毒されている感もあり、
一旦現世へ。
なにが良いかな?と思ったがMM繋がりでビクターZ-1E。
なんとまともな音がするんだろう、と変な感心の仕方をする。
しかし世評とか評価というのは実にいい加減なものだと改めて。
なにってZ-1なんて昔のビクターのプレーヤーの先っぽには
ごく普通にぶら下がっていたし、優れものとは言われたが
さほどの評判ではなかった。
それからうん十年後の最近の方が
遥かに評価が高い。
世の中そんなもんだ。
10月30日
ジャケ買いにも色々あると思うが、あまりに妙ちくりんな感じがして
手に取ってしまうというのがある。
無知な物で、これが「水の中のアジアへ」の初回盤とは知らず、
中を見たらユーミンが出て来るからびっくり。
しかも45回転盤なので凄いレア盤でも引き当てたかと思ったら
そんな事は全くなくて(笑)脱力。
しかし、この外ジャケットといい、45回転盤でのリリースといい
ある種のこだわりを感じる一枚だ。
もっとも発売当初はユーミンのレコードと思って買ったら
知らない男の声が聴こえたと言ってレコード会社に
問い合わせというかクレームがいっぱい入ったというから面白い。
45回転盤を33回転で掛ければそうなるわな。
それはさて置き、この盤、状態が酷かった!
余りの汚れに速攻でガラスクリーナーでクリーニング。
汚れはてきめんに落ちるが傷も入っている。
外れを掴んだ感ありありだが、では、と自分が手放したら次こそ
捨てられるだろうから身請けしておく。
音質だが、これはわかりやすい高音質というべき物。
45回転も伊達ではない。
溝掃除の意味もありパイオニアPC-10にお出まし頂いたが
これがぴったりはまるから面白い。
こういう楽しみはアナログならでは、ということになる。
10月31日
10月も終わる。
今年も残り二か月。
早く感じるという事は幸せなことでもある。
さしてやる気も無く始まった今月であったが
針のカケツギに嵌って、個人的には楽しい日々だった。
実はまだやっているし、それは大いなる助走に過ぎない、
となるはずなのだが、さてどうなるか?
答えは来月に持ち越しとなった。
MM繋がりでORTFON FF15OMK2。
正確にはIMだが、という事はさておいて
まずお詫び。
永らくこの機種の事を150と呼んでいたが
150ではなく、15O。
つまり百五十ではなく15オーであった。
恥ずかしい。謹んで訂正します。
VMSのローコスト機種で、トリオのプレーヤー用に作られたとかなんとか、
ORTFONのこの辺の機種も品番が多く、謎も多く、
検証する人泣かせである。
久しぶりに聴いてみると結構なお点前だ。
VMS20辺りと比べるとハイ落ちとも言われるが
良く言えばおっとりとして落ち着きのある音で捨て難い。
「水の中のアジアへ」にはPC-10の方が合うが
FF15OMK2には別に活躍の場があると感じさせる。
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