5月6日
街を出てみよう♪今住んでるこの街が♪
美しく緑に覆われた、心のふるさとだったとしても♪
街を出てみよう♪汽車に、乗ってみよう♪
ゴルフは誘って誘われて、だそうだ。
ゴルフのことはよー知らんが、オーディオだって同じである。
人にお越し頂いたら今度はその方のお宅を訪ねる。これがジョーシキである。
…と知りながら、よっしーはご存じのようにオーディオ引きこもりを続けてきた。
これは大変失礼千万なことである。
…と、わかっちゃいるけど腰が上がらない。
だが、それで良いのか?
良い訳が無い。そしてオーディオと別な観点から言ってもよろしくない。
段々子供も親から離れて行く。これはトーゼン。
これからは夫婦水いらすで…、というと一見美しいが、世の奥様族にとってこれほど迷惑極まりない
事もない。
亭主元気で留守が良い、は至言である。
やることが無くて女房の後をついて回るなどもってのほか。
ま、もちろん当方そんな事はしないのだが、なにせおうちが大好きとなると
奥方は一生三度三度の飯の心配をしなくてはならなくなる。
いっそ釣りを趣味に加えて朝早く家から消えて夜遅く帰って来るのはどうか?
などと考えたが、およそよっしー向きではない。
だいたいこの男は短気である。
だからえっちらほっちら魚の居る所まで出掛けて針を垂れて、なんて想像しただけで卒倒しそうになる。
どうしてもというのなら庭に釣り堀で作るしかない、と考えたが
これじゃあ出掛けない訳で、オーディオやるのとなんら変わらない。
駄目だ、こりゃ、とイカリヤさんでなくても言いたくなる。
以上は冗談半分本気半分の話であり、そろそろこれからの身の振り方を考えなければならないのは確か。
ということで、そろそろ家から出ようという風に思い始めたのが昨年のこと。
GWを迎えて遂に実行に移すことになった。
さあ、旅の始まりだ!
5月7日
“今東京駅に立ちつくす僕は
長すぎる人生の繰り返しと同じ
大阪行きの電車は何番ホーム
繰り返し繰り返し旅に出ている♪
行く先は関西方面。
待っているのは?
そーです、koyamaさんです。
koyamaさん。
又の名を“モトコーの誘惑星人”
…と聞いてピンと来る人は、よっしーの部屋歴15年以上の人だろう。
*元町高架通商店街。略してモトコー。
JR阪神元町駅と神戸駅間の高架下に運営されている商店街である。*
(ウィキペディアより)
時、西暦2000年。
既にネットオークションは始まっていたが
今日ほどの隆盛には至っていなかった。
リサイクル文化はスタートしていたが
ハードオフ等チェーン店が今ほど幅を利かしてはいなかった。
一方で普及していくインターネットのその上で、
どこどこに何々があったよ、などという情報がボチボチと書きこまれるように
なっていた。
え?そ、それがあるの?欲しいよー
みたいなやり取りが深夜の街のあちこちで行われていたのだった。
そんな中でひときわ異彩を放つ書きこみをされていた方。
それがkoyamaさんであった。
なにしろ、その情報の量と質が半端ではない。
一体全体どこをどうするとこれだけのネタが集まるのか??
よっしーなど本当に感心していたのであった。
やがて、koyamaさんの情報で拙宅に訪れる物が多くなって来た。
ショップ情報を頂いて、よっしー自らが連絡してゲットした物もある。
あるいはkoyamaさんが確保して送ってくれる物もあった。
ヤフオクでこれが出ているから落としなさい、と指示される?こともあった。
とにかくこの人のお陰でよっしーが手にした物の数は半端ではない。
今さらリストアップするのも憚られる。
そして2003年にはわざわざ拙宅にお立ちより頂いた。
あれから干支が一回り以上。
今度は私が…、の約束を果たせる日がやっと来たのだ。
思えば永い歳月だった。
…とイントロが随分長くなってしまったがお許しを。
そうしてよっしーは西へと向かう新幹線の車上の人となったのであった。
関西オーディオオフ会開始?
いえいえ、そんな簡単な物で終わるわけが無い。
もちろんkoyamaさん宅の音はメインテーマだ。
だがしかし、そこには強烈なサブテーマも待っていた。
そう、関西エリアリサイクルショップ巡り弾丸ツアー。
わかりやすく言うとハードオフ巡りである。
そう書けば一行である。
しかしkoyamaさんが、一軒や二軒を案内して終わるわけが無い?
なんと二泊三日で二府五県、おおよそ20店舗を巡る強行ツアーが
幕を開けたのだった(!)
番組の途中ですがここでお知らせです。
…ということでKPの会のManabuさんよりオフ会のお知らせです♪
皆さんこぞってご参加ください!
5月8日
どこをどう回ったのか具体的に書いてもどうかな?と思ったが
記憶の限り羅列してみよう。
ハードオフ長岡京店
BBGオーディオ
ハードオフ西大津店
ハードオフ滋賀栗東店
ハードオフ宇治大久保店
和歌山城
ハードオフ和歌山次郎丸店
ハードオフ大阪泉南店
ハードオフ堺新金岡店
オーディオ南海(残念お休みでした)
逸品館
豊中オーディオ
シマムセン
河口無線
ハードオフ西宮店
ハードオフ伊丹池尻店
ブックオフスーパーバザー尼崎東店
ハードオフ箕面店
ハードオフ橿原店
良品会館
セカンドストリート
ブックオフスーパーバザー法華寺店
ハードオフ桂店
清水寺
どうだ、参ったか?
これらを二泊三日で回ったのである。
本当に弾丸ツアー。
koyamaさんはずっとハンドルを握って下さっていた訳で、なんとも申し訳ない。
目的地に着くと、二人共店内に猛ダッシュ。
鵜の目鷹の目と言いたいが、ほとんどハイエナ状態である。
これでは疲れる訳で、二人共夜の寝入るスピードの早さたるや記録的な物であった事を
報告しておく。
さて、しかし物欲オーディオには異論もあろう。
曰くそんなに色々集めても仕方ないとか、本当に良い物だけを持ちたまえとか
各論がある事は認める。
だがしかし、こんな面白い事止められるか、というのがこちらの言い分だ。
あああ、あったぁ〜、と歓喜を上げるこの楽しさ。ほとんどトレジャーハンティングである。
koyamaさん情報で、予め○○店には××があるはず、というのもあったが
さすがに全店の最新在庫を確認してあるわけではないのだ。
店に着くと、さあここにはどんなお宝が…、と胸高鳴らせる男二人。
一般の人が見たら、完全に変人二人組である。
でも、意に介さない。人は人、我は我である。
それゆけ、オーディオ何でも鑑定団。
それにしてもkoyamaさんの頭の中に叩き込まれているデータベースの物凄さよ。
お陰でこちらは助かること助かること。
物欲オーディオと敢えて書いたが、これは好奇心オーディオと
言い換えた方が良いと、本当は思う。
人間好奇心を無くしたら終わりです。
ま、好奇心がありすぎるのもいかがなものかという説もあるが
無いよりあった方が良いというのが私見だ。
一通り装置をそろえたら、後は音楽を聴くことに
集中した方が良いというのも正論だが
同一のソフトが、装置を換えるとどう聴こえるか?
なんて考えると居てもたっても居られない。
オーディオマニアの性癖の一つと言えよう。
こんな音が出るんじゃないか?
どんな音が出るんだろう?
今より凄く良くなるんじゃないか?
実は違う世界もあるんじゃないか?
そんなわくわくから逃れられない自分が居る。
単純にグレードアップばかりが目的ではない。
僕なんかだって、人によっては羨んでくれる装置もあるのだが
“実はチープな機械でも凄い音って出るんじゃないか?”
なんて思い始めると止まらない。
時として、これは誰も気づいていないのでは?
なんて隠れ名器を発掘することだってある。
世評が確立した名器をずらりと並べるのも一つだが
これの良さは俺しか気づいていない、と一人悦に入るのも快感の一つ。
壊れているのも好物だ?
ジャンクと呼ばれる物を捕獲して
立ち直らせてみる楽しみ。
本当に直った時の喜びは言いしれぬものがある。
外れを引くのも又楽しいとなると、これはビョーキと言われても仕方ないが。
いずれにしても変に老成するより良いのでは?と思うのだ。
…と、自己弁護を連ねたところで今回の僕の戦利品を掲げておこう。
この後はkoyamaさん宅の音の話へと移らせて頂きます。
5月9日
さて、今回の関西行きのメインイベント。
それはもちろんkoyamaさんの音を聞かせて頂くことだ。
しかし、事はそう簡単ではない。
システムは一体何系統あるのだろう?簡単に把握は出来ない。
記憶違いもあると思うがご容赦ください。
まず、メインのオーディオルーム。
正面を見ると凛と立つのはpioneerのS-1EX。驚け、ペア100万円のハイエンド機だ。
位相反転式トールボーイフロア型。
3ウェイ方式でウーファー:18 cm コーン型 × 2
ミッド/トゥイーター:同軸14 cm コーン型 / 3.5 cm ドーム型
インピーダンス:6 Ω
再生周波数帯域:28 Hz 〜 100 kHz
出力音圧レベル:89.5 dB (2.83 V)
クロスオーバー周波数:400 Hz、2 kHz
外形寸法:422 mm (W) × 1283 mm (H) × 609 mm (D)
質量:66 kg
…と、カタログより抜粋したが重量66キロは凄い。
というのも一見細身のトールボーイでこの重量ということで密度の高さが知れる。
良く知られる事だがS-1EXはパイオニアのコンシューマー用ブランド、TADのハイエンド機
TAD-M1を素に作られている。
例えば同軸トゥイーター/ミッドレンジスピーカーユニット「CSTドライバー」の優れた技術を導入。
マグネシウムダイアフラムを採用したミッドレンジユニットの中央にベリリウムトゥイーターを装着という形だ。
ウーファーユニットはコーンとセンターキャップの独自の一体構造を実現。
アラミド織布とカーボン不織布の複合により、剛性を飛躍的にアップしたという。
ボイルコイル径は65ミリと強烈。
そしてエンクロージャーはプレシジョンカーブと命名された、独特の弧の様なカーブを描いている。
全体には8度傾斜。8度というと大した事が無いように思うかもしれないが、実際に見ると結構後ろにのけ反った
感じに見える。
また、背が高いので間違い易いのだが、幅は42a、奥行きは60aあるので、これはやはり巨大スピーカーだ。
こんな物、なかなか実物を拝めないのでしげしげと眺めてしまうが、更に隣にもう一本トールボーイが立っている。
これはなに?というとパナソニックのSB-PF800だ。
このスピーカー、まず仕上げが素晴らしい。リアルウッド突板貼り。しかも多屠塗り仕上げということで
艶々と光っている。
3ウェイ6スピーカーということで細身のボディーに小さなユニットがズラリ。
システムトータルとしてのインピーダンスは6Ω。ということでウーファーはなんと24Ωだという。
サイズは幅270mm×高さ1084mm×奥行280mm。重量13.5キログラム。
チタン・セミドーム型ツイーター採用で広域は100kHzまで延びる。
ミッドレンジには、PPマイカグラファイト振動板を採用。
ウーファーは8センチなのだが四本並列駆動で大振幅にもへこたれない。
こんな凄いスピーカーなのだが、あまり知られていない?
というのも、これ実はSB-800シリーズという5.1ch対応のスピーカー群の一部という形で
世に放たれた物なのだ(単売もされていたとか)。
センター&サラウンドスピーカーにSB-AFC800。サラウンドバックにSB-PS800A。
更にサブウーファーにSB-WA800という組み合わせ。
同時にデジタルアンプSA-XR70がリリースされていたと書くと、ピンとくる人がいるかもしれない。
…ということで次は駆動系のご紹介、と行きたいのだがそれをやっているといつまで経っても音が出て来ない?
機器のご紹介はまたこの後で。音を聞こう。
先にSB-PF800。
…この音は、やっぱり体験してみて貰わないとわからないと思う。
ある意味無名のスピーカーだ。だから何か言っても頷いてくれる人がいない。
だがこれは凄い。実にド真ん中ストライクの音がする。
これがメインでも良いんじゃないか?という音だ。
実際数は少ないが800を導入したら、ほとんどそればかり聴くようになってしまったと語っている
ブログはあるのだ。その気持ちはわかる。
さすが松下、と思わずつぶやいてしまう。
大企業がやるから出来ること、というのがあるのだ。
破綻が無い。気になるところが見つからない。
一張羅というより普段着の世界なのだが、金持ちの友人を訪ねたら、部屋着がシャネルだった
みたいな感じか。
勘弁してください、の心境になる。
駆動系が高級だから、というのもあるが、多分フツ‐のアンプでも相当に鳴ると思う。
そういうタイプである。
嘘だと思ったら安価に手に入るからゲットしてみよう。
エッジが駄目になっている個体も多いが、今ならまだ松下は対応してくれる。急げ!?
…ということで次はいよいよS-1EX。
満を持しての登場。
音だが、さすがこれが出て来ると800とは違う世界を見せ始める。
一聴してハイエンドのかほりがしてくる。
ワイドレンジ、なんて言葉が陳腐に感じるくらいワイドレンジ。
表現の幅の広さは圧倒的。ニュアンス云々という事になると、超ハイCP、800も追いつかない。
koyamaさんは遂に究極のスピーカーを手に入れたようだ。
しかし、だがしかし。やっぱりハイエンド機はそう簡単に全ての力を出してはくれない感があるのも確か。
これはよっしー個人の感想ではなく、誰あろうオーナーkoyamaさんがそう感じている。
S-1EXとの蜜月はまだ数カ月。お互いを理解するには時間不足だ。
それまではKAPPA100をお使いだったのだが、S-1EXに取り換えて、いかにKAPPAが寛容なスピーカーだったか
思い知らされたとおっしゃる。
世の中には良妻賢母型のスピーカーもあれば、我がまま娘みたいなスピーカーもある。
KAPPAが素敵な奥さんだったとすると、S-1EXは間違いなく資産家の娘でハーバード大卒。ウオール街に勤務して
空手三段、合気道二段みたいな(どんな?)タイプだ。
一通りの事はすぐしてくれるが、本気を出させかったらそれだけの事をするようにと要求してくる。
とんでもない女と暮らし始めてしまった、とお嘆きの様だが実生活で良妻に恵まれていらっしゃるのだから
それくらいは我慢するしかない?
さすがのキャリア持ちを困らせる難物の様だが、koyamaさんならやがて使いこなせる。
アンプを。いや、セッティングを。ケーブルはとか色々案はあろうが
実はひたすら鳴らしておくのが良い気も、僕はした。
今回も二回三回と分けて拝聴させて頂いたのだが、やっぱり初日と二日目以降で、ちょっと音が違う気がした。
何しろペア100万円である。付き合いは永いはずだから、時間を味方につける作戦で行こうじゃないか♪
5月10日
さて、次に第三システム?
リビングに移動するとかわいらしい形のスピーカーが待っている。
富士通エクリプスだ。
ややこしい事は抜きにして、ポンと音を出して頂く。
すると、これは一発で驚愕の世界が出現だ。
ふわっと広がる、ナチュラルな音場。
わあー、っと顔が綻ぶような感覚。これも凄い。
ただ、本当に凄いのはフルレンジ一発とは思えないワイドレンジ感だ。
koyamaさんはリビングでもマルチチャンネルを組まれているので、一瞬サブウーファーも同時に鳴らしているのかと
思った。
ところが実際はエクリプス一発だったのである。
これには驚く。なにしろ卵型のスピーカーで容量もそんなに大きくない。
それでいてこの音は何よ?という感じ。
素晴らしく単純に言ってしまうと、小型フルレンジスピーカーというのは大抵見晴らしは良い。
これはそういうものだ。
だが、それだけでは音楽は成立しない。
やっぱり音のプロポーションというのは大事だ。
ガリガリに削った割り箸みたいな音で音場感だけ好いでしょう、と言われても困るというか
永くは聞いていられない。
その意味でもエクリプスは違う。これ一発で十分通用するワイドレンジ。
更に、キャビネットに纏わりつこうとする音までを後方にするっと流してしまうような
徹底した回析力。
もちろんそんな単純なものではなく、深い理論と研究があるのだろう。
タイムドメイン理論恐るべし?
koyamaさんはエクリプス病に取付かれ、これも相当色々試された様子。
結果たどり着いたのがTD508MK3で、目下これがベストチョイスとなっている。
単純にエクリプスならなんでもオーケーとはいかないようだが、とにかく家中あちこちに
卵型が棲んでいたくらいなので、富士通さんから表彰状の一枚も貰いたいくらいだろう。
5月11日
次に第四?システム。
別室にあるシステムだがスピーカーがレアだ。
これはLS-TR60といってLS-K1のチューンアップモデル。
LS-K1はペア94.000円の高級品。
12センチハイブリッドクロスカーボンウーファーを基にした3Way。
W180×H330×D275mmの小型スピーカーなのだが重量は5.7キログラムと、これもずっしり重い。
フロントバッフルは30ミリ。ラウンドバッフル、ラウンドキャビネットと凝った作りで
仕上げも突き板なのだ。これは凄い。
TR60は更にマーブルウッド突き板仕上げ。チタニュウムスーパーツイーターを採用などのスペシャルモデル。
ケンウッド製だがトリオブランドの名を冠す。
当時アンプCDレシーバーと込みで46万円だったというがさもありなんという仕上がりだ。
koyamaさんはこのスピーカーをオンキョーCD-D1SE吉田苑チューンモデルで鳴らすのだが
これがまた音が良い♪
思わず笑ってしまうくらい良い。
いささかわかりやす過ぎる説明だが、お金を掛けて真面目に作られたモデルはやっぱり良い音がするものだ。
充分にマニアのメインシステムに採用出来るだけのクオリティである。
SONYのバッテリードライブフォノイコ経由でPL-X9の音も聴くことが出来るようになっている。
更にTR60の上にエクリプスTD-307MK2A。こちらも聴くことが出来る。
それにしても、なのだがこの様な隠れ名器を見出す能力という点でkoyamaさんに勝る人は居るのだろうか?
どこからどう情報を仕入れて、そして現物を引っ張って来るのか?
天下一品の能力としか言いようがない。
更に更に更に、後ろを振り向くとAVシステムが待っている。
テレビの左右にエクリプス。なのだがその奥にペンシル状のスピーカーが立っている。
これも知る人ぞ知る名器、パナソニックのSC-ZT2システムだ。
バーチャル7.1chサラウンド対応。
3Dビエラとの組み合わせが想定されている。
、これがまたスピーカーの存在を全く感じさせない鳴り方で凄い。
底部にウーファーが仕込まれ、しかもこの装置ワイヤレスで駆動出来るということで
一般家庭のリビングで奥方の反対を押し切ってサラウンドを実現するのには
これしかあるまいと思えるコンセプトだ。
それでいてスピーカーが消えたというか最初から存在しないかのような鳴り方なのだから
これも最高だ。
センタースピーカーレスなのも実用を考えると素晴らしい。
サラウンドの能力は、同時切り替えで聴かせて頂いたエクリプスによる5.1と遜色なしであった事を報告させて頂く。
ちなみにエクリプスはLとRにTD-307MK2A、センターとリアにTD-307初代だ。
スーパーウーファーはヤマハYST-SW010。
とどめに、ラックに仕込まれたヤマハYSP-4000。
いわゆるフロントだけのサラウンドシステムの初期の物だが、これのバーチャルサラウンドも
上記二種と比べても負けない凄さがある。
考えてみればこれも当時シアターラック込みだと24万円弱した高級品だ。
このジャンルは新規格、新製品の登場が早いので、相当な実力機でも値落ちが早い。
上手くゲットすると超ローコストハイクオリティとなる。
この辺をすかさずチョイスしてしまう所が、これまたkoyamaさん流の凄さなのである。
5月12日
ここでメインのリスニングルームへ戻る。
ここにある機材を全部洗いだす事は不可能だが、サブのサブのサブシステムみたいな物をご紹介。
これはkoayamaさんが昔所有していたファーストオーディオ達を集め直した物を中心に組み上げられている。
オンキョーAG-5、ビクターTX-55、Lo-D D88、ヤマハCD-750、パイオニアPL-88F、オンキョーD1という組み合わせ。
よくぞ再収集出来たものだと思う。
そしてラインナップを見ると、やっぱりkoyamaさんが僕よりも少しお若いのが
わかる(笑)
そしてその隣にあって、ひときわ目を惹くのが第一世代のCDプレーヤー、Lo-DのDAD-1000。
サイズ的に奥行きまで含めてぴったりのPL-X500を下敷きに鎮座ましましている。
いや、懐かしの縦ローディング。各社一号機はこの方式で、裏切った?のはSONYくらいか。
これが立派に実働状態というのだから丈夫である。
音も聴かせて頂いて、これだけしか知らなければ充分というクオリティにたまげる。
さすがにこの装置達の音はトリオTR-60をメインに据えた装置と差が付くが、それを言っても始まらない。
これはまず目で見て和む装置なのだ。
せっかくメインの部屋に戻って来たので、ということで我がままを言ってスクリーンを降ろしてもらう。
ここでは大画面も体験できるのだ。
そしてポイントはDolbyATMOS。
よっしーは初体験となる。
非常に数多くのスピーカーに囲まれるサラウンドということで懐疑的だったのだが映画が始まったら
黙ってしまった。
なんと自然なサラウンド。
これにも参ってしまった。
つぎはぎのコラージュみたいなサラウンドになるのかと思ったらとんでもありません。
そして久々に観る、プロジェクターからの投射映像はやっぱり素晴らしく、大画面は暗闇で観るもんだ
を思い出させてくれた。
そして、いよいよ最終章。
メインのオーディオ装置に戻ってアナログ大会だ。
関西編はいよいよ明日を持って大詰めとなる(予定)
☆番組の途中ですがここで訪ね人?です。
OUCHIさんOUCHIさん、お元気ですか?
よっしーがお探しです。
お読みでしたらメール賜れると幸いでございます♪
5月13日
そして、いよいよ最終章。
メインのオーディオ装置に戻ってアナログ大会だ。
設置されている主だったアナログプレーヤーだけでも三台あるのだが、目下のメインはKP-9010。
ノッティンガムまで体験したkoyamaさんだからアナログプレーヤーの遍歴も凄まじいが
もしかすると終着駅という感じでKPは安泰となっている。
ウルトラハイCPのアナログプレーヤー。迷ったらこれに戻りなさい、の一台か。
リファレンスはビクターMC-L1000。羨むべきダイレクトカップル。
これの音は鮮烈の一言なのだが、何より低音まで含めて全域に渡りハイスピードなのが凄い。
こればかりはマイクロプリントコイルをスタイラス直上に置いた、この形式でないと実現できないのでは
あるまいかと思う。
だが、とにかく希少なカートリッジとなりつつあるので怖くてそうそう使えない?
だから、という訳でもないのだがkoyamaさんも最近富にMM強化中。
中でもお気に入りの一本ということでフィリップスの400番をお聞かせ頂く。
これがとっても良くて、なるほど山ほどのカートリッジを聴いたkoyamaさんが残すだけの事はあると
唸らせる。
非常にカッチリしていて、それでいて繊細さも充分。
劣化の心配ばかりして使うMCカートリッジよりも精神安定上もよろしい?
オーディオショップ巡りでボディや針を手に入れた(増やした)関係もあってシュアーのType5や4も拝聴。
これがまた良い。
良い意味で高級な音がする。ドライに過ぎず、ウエットに過ぎず。名門の高級機は一味違う。
他にプレーヤーはオンキョーCP-1050が鎮座。
これは新しい製品だがルックスがとっても良いのに感心する。
パイオニアPL-70L2もあるが、これは勿体なくてあまり使いたくないくらいの状態。
僕の手元にはPL-50L2があるが、比較するのが失礼な位70の方には高級感が漂う。
音はKPと比べるとちょっとおっとりするようだが、各社持ち味が違うということだ。
ご紹介が遅れたが、プリアンプはアキュフェーズC-2110、フォノイコライザーもアキュでC-27。
デジタルプレーヤーはパイオニアBDP-LX88とパナソニックDVD-H2000。
マルチチャンネルアンプにTX-NR1010である。
アナログからハイレゾまで、各部屋で堪能出来るようになっているのだ。
以上いささか駆け足になってしまった部分もあるがkoyamaさん宅のレポートです。
他にも現用ではない装置もいっぱいあって、人によってはそんなに持っていても仕方ないと
思うかもしれない。
だが、よっしーはkoyamaさんと話していてわかったのだが、機器は刻々と入れ替わりを遂げている。
一つ入手したらまた売却、の繰り返しだ。
実店舗でのやり取りも楽しまれているし、インターネットオークションでの売却もされているのだが
これ、koyamaさんにしてみれば仮想のオーディオショップの経営なのだ。
面白い物を発掘してきては日本中にデリバリーしている。考えてみるとなんとホスピタリティーに
あふれた所業だろう?
実際今回の関西ツアーでもよっしーはおんぶにだっこ。プランから実行までkoyamaさんが仕切ってくれた。
語学も堪能なので外国人のツアーもお手の物とのことで、いっそ海外のオーディオマニア限定で
民泊付き日本オーディオ買い物ツアーをやったらヒット間違いなしだと思う。
常に前進を続けるkoyamaさんのオーディオなので、今回紹介した状態から、実はまた少し進展している。
というのも買い物ツアーでkoyamaさんも凄い掘り出し物を見つけたりしたからだ。
あの日々から、もう一週間になってしまう。
よっしーは顔に似合わずセンチメンタルなところがあるので、空を見上げては
この空は大阪とも繋がっているのだと思い入ってしまう。
日本のあちこちに同好の士がいる。
もう少し出掛けようではないか。元気のある内が花である。
しかし新幹線に乗ることを考えただけで眠れなくなるようでは駄目かな?(笑)
koyamaさん、SEE YOU AGAINです。
今度は関東で?いや、関西に再び?
体力を付けて備えておきますので又よろしくお願いいたします。
5月14日
夢の関西ツアーからあっという間に時は過ぎる。
で、よっしーは何を手にしてきたのか??
振り返ってみると、これがほぼ全部アナログ関連なので我ながら笑ってしまった。
カートリッジがぞろり。
別に持ち帰るのが容易な物を狙ったわけじゃない。
これには軽い訳がある。
ホームページ開設からでも16年。
その間に幾つかのカートリッジの寿命が尽きた。
悲しいから細かい事は書かないが、一機一機と艦載機を失っていく空母みたいな
心境だった。
気づけば屍ばかりが増えたカートリッジケース。これはいけないと思いながらそのままの日々。
そんな時シュアーM44Gが来て僕を勇気づけてくれた。
これでスイッチが入った所に関西お買いもの?ツアー。
で、行く先々でジャンクも含めたカートリッジとの出会いがあってそれを求めた次第。
koyamaさんに言わせると、こんなに出物があるのは極めてまれらしい。
それはカートリッジに限らなかったのだが、想像するにGWに被ったため、そこで処分された物達が
ちょうど店頭に出ていたのではあるまいか?
まあわざわざ500キロを超えてやって来たのだからそれくらいの事は起きてもよろしいかもしれない。
では、一本づつご紹介をしていこう。
(別に聞きたくない?そう言わずに付き合ってね)
まずオーディオテクニカだ。
これは?
そう、AT-33MLだ。
5月16日
そう、AT-33MLだ。
実はML/occなのかもしれないが本体にはMLとしか記載が無い。
この辺りがややこしいというか、33Eは33MLになり、その後ML/occになったのだが
これも1989年頃に型番そのままに変更があり??
ま、とにかく超ロングセラーになったのはご存じの通り。
その後LTD、VTGなんていう限定番が出たが本家ML/occは健在。
PTGが出たあたりでディスコンになったんだかどうだか、今となるとわからない。
累計販売本数はどれくらいに行ったのか?多分凄い数だろう。
もっとも、初代33Eも売れまくったし在庫はいつまでも売られていたし、で
そこから数えたらとんでもない数になろう。
高級志向のマニアからは“派手な音がするカートリッジ”と片付けられてしまうのかもしれないが
国産MCの中核機として、見過ごすことの出来ない存在なのは確か。
初代33Eはシェル一体型MCのAT-34EUからの派生モデルとして1982年頃誕生。
硬派な角型ボディーに加えて全身ゴールドのぴっかぴっか仕上げ。
カートリッジ界の金粉ショーモデルとは33の事です?
(奥が初代33E。手前が33ML。初代は33MLと記載があるのが見えない…か。
初代はその場所になにも書かれていない)
自重6.8gと程よい重量。これは良い。シェル込み重量が20gを超えると途端にアームが
苦しくなるのだから。
ベリリウムカンチレバーは33Eの時から採用。チップは0.07ミリ楕円。
これをML針にしたのがMLで1985年発売。巻き線がLC-OFCになっている。
その後更に内部の線材をoccにして、pcoccにして、と発展していった。
33シリーズが長らく適正価格を続けられたのも、初代からの蓄積があったからで
一から作るとどうなるか?最近のカートリッジ達の価格を見るとわかるはずだ。
団塊退職親父向け価格のカートリッジばかりでは、こちとら困ってしまう。
まともな値段でまともな音のするカートリッジが欲しい、と思う今日この頃だったので
この出物には飛びついた。
音はどうか?シェルは初代LT-13が付いていたのでそのまま使用。
プレーヤーはデンオンDL-1700でプリPRA-2000、メインHMA-9500MK1。そしてG7。
音だが、一聴して33とわかるもの。
明瞭で、それでいてけたたましくならないところがテクニカならではだ。
初代33Eが、良く知られるようにハイエンド、ローエンドを持ち上げた音作りだったのに対して
ML以降はフラット志向。オーソドックスな路線を目指すようになった。
これは立派にリファレンスとなる。安心した。
誰が何と言おうと、これは日本の標準機。これからヘビーローテーションかもしれない。
少し話は逸れて、三日間koyamaさんと一緒にいたのだが、koyamaさんは最近の高級機も試したうえで
カートリッジはやっぱり1980年代付近の物が好ましいと仰る。
よっしーは別の観点で同じように思う。別な観点というのは、僕の場合は新しい物を買う資金が無いという意味。
というか、いまどきのカートリッジは家一軒買えるくらいの価格なので?手が出せない。
いや、それで延々と使えるなら20万円でも30万円でも由とするが、しょせんカートリッジは消耗品であり
またかなり壊れやすいものだ。
30万円出して断線しました、ではしゃれにならないし、針の摩耗を気にしてこわごわ使うのも癪に障る。
となると必然的にオールドの世界に行かざるを得ないのがよっしー的事情なのだ。
金持ちは米を食え。貧乏人は麦を食え、である。
5月17日
書いていて悲しくなったので次に行こう。
テクニカが続く。AT-F3初代だ。
これも'80年代の製品。当時ジャスト1万円のMCということで話題になった。
また、その音がオーソドックスで真面目という事で人気も出た。
テクニカの良心ここにあり、みたいなカートリッジだ。
実は昔々、F3の中古を買った事がある。2000年の頃だったと思う。
ところが使いもせずそのままにして、うーんと経ってから繋いでみたらなんと片チャン断線していた。
買った翌日ならともかく、もう文句を言えるタイミングではない。泣き寝入りである。
ま、2.500円で買ったので文句も何もないが。
そんなわけでF3はいつか買い直してみたいカートリッジだった。
それとモスビンさんの所とかでは十二分に凄い音で鳴っていたので
凄いハイCPとの認識があった。
1985年発売。CD時代になってからのリリースなのだ。
1988年に同Uに発展。PCOCC-6Nの巻き線採用。
このUの期間が長く、Vが出たのは2010年。
33辺りと比べるととってもスリム。細身のカートリッジだ。
でも自重5グラムあるので、かなりみっしりした重さということになる。
シェルはケンウッドKP純正の物がついていたのでそのまま使用。
音だが、なるほどオーソドックス。
ただ、直前まで33MLを聴いていたので差もよくわかる。
なんというか限られた予算で目いっぱいの事をしたお弁当みたいな感じ。
悪く言っているのではない。企業努力が感じられる作りということ。
ただ、どうしても手間と材料の限界は来るというか、窮屈さもあれば誇張感もある。
逆に言えば、良い思いをしたかったら金を出せということで、これは当然。
1万円のカートリッジだから思い切ったキャラクターで勝負、
とかしなかった所が偉い!と言えるカートリッジだ。
それと、ファーストインプレッションに近いので、本当の良さを引き出せていない可能性はある。
話は変わるが、犬と一緒になって地べたに座ってみた。
コンクリというかアスファルトの上なのだが
久々の感触が新鮮。
子供の頃というのはそんな風に大地を感じて
過ごしていたのだと思いだした。
さて、しかしルーさんも13歳ということでめっきり衰えた。
数日前からぐったりしている。
まだまだ元気でやってくれよ、と呟いてみる。
一緒に音楽を聴くのも嫌いではないルーさんなのだが
しばらくはそれも止めておく。
ゆっくり身体を休めておくれ。
5月18日
いや、ルーさん、本当に心配だ。
だったらこんなもん書いているな、という説もあるが
実はただいま随時アップ中の物は
ちょっと前に書いておいた物。
こういう事は珍しいのだが、関西ツアーの影響で
思いっきり興に入って、聴いては書いてをやりまっくった
日があったのだ。
そんな訳でアップロードは継続。
で、気づいたらテクニカが続く。
それだけ売れていたということだろう。
念の為だが中古やジャンクというのは狙って探せるものじゃない。
次はMMでAT-11。
…と、わかったような事を書いたが、これもkoyamaさんの解説があったから買えた一本。
ジャンクで1.500円。それだけだったら買わなかったかもしれないが、同じ店内に
なんと交換針(互換針)が未開封500円であったから買ったようなもの。併せて2.000円だ。
シェルはコロンビアの物。
なにせ良く分からないで買って来たが、テクニカ初期の製品の一つ。1974年頃の製品か。
当時8千円?
このあたりのシリーズから、テクニカのカートリッジの垂直トラッキング角も20度を謳うようになった
というのは隠れた、大きな変更点かもしれない。
細かい事は抜きというか情報も少ない。
ジャンク扱いだし取りあえず断線していないかを確認、なんてつもりで針を降ろしてびっくりポン。
こ、これは実に真面目なカートリッジである。
音が出たらめっけもん、みたいなつもりでいたら当たりくじを引いたようだ。
充分使える。ひょっとするとシュアーに44あり。そしてテクニカに11あり、なのかもしれない。
日米決戦?いや、冗談ではない。
昔からテクニカは下位機種ほどノーマルな音がするという説もあり、今回それも実証されたかもしれない。
しかし、齢約40年か。どこでどう生まれ、使われていたのか?
お風呂に入れて…、という訳にはいかないが針先はそっとそっとクリーニングをして差し上げた。
当初はシェルへの取り付けネジも少し緩く、その辺もちゃんと締め直す。
このあたりを楽しいと思えないとジャンカーにはなれない。機器に語りかけながら
“俺のところに来たらもう大丈夫だからな”なんてほほ笑む様は完全にビョーキである。
未開封交換針も永い間レコード店の後ろの棚で眠っていたに違いない。
タイムカプセルを開けるような気持で開いて、その針も11に挿してみた。
ただ、その音は良くない(笑)
そもそも見るからに違うのだ。これは究極のスペアという扱いになる。
11の針は今も色々と手に入るみたいなので、安心。というか本当は挿し替えて違いを楽しむべきか。
…と言う間もなく次もテクニカ。そしてMM。
5月19日
…と言う間もなく次もテクニカ。そしてMM。
これは定番?AT-150Ea/occである。
1984年頃の発売。当時25.000円。
先代150Eが1980年頃発売で価格は同一。
つまり価格据え置きで改良版ということなのだがEとEaでかなり違う。
ちなみによっしー愛用の一本15Eaは更にその一つ前のモデルとなる。
15Eaではチタンパイプカンチレバー+0.15ミリ角ダイヤで
150Eではベリリウムカンチレバー+0.12ミリ角ダイヤ。
150Eaでは同じくベリリウムだがテーパー付きで金メッキを施してある。チップも0.1ミリ角ダイヤ。
ただしMLではなく楕円針。
15品番はテクニカVMの中核機であり、それだけ力が入った物との期待もあるが
時代の流れと共にオーディオマニア向けの音作りになっていっているのではないか?
そんな先入観も持ちつつゲットした一本。
シェルはMG-10か。そのまま使う。
ところが針を降ろすと、これが妙な音だ?
いや、15Eaから、さすがに進歩しているのだな、というのは感じるし、魅力も感じるのだが
どこか変??
遂に外れを引いたか?と思ったが落ち着いて眺めてみる。
取りあえず取り付けネジを増し締め、と…なんか変。
なんとネジがビミョーに長過ぎなのだ(汗)
シェルの取り付けネジは実にバリエーションが豊富なので気を付けないとこーゆー事になる。
前オーナーはこのままの状態で使い続けていたのか?
そう思うと人もカートリッジも不憫に思えた。
ネジは適正な長さに交換。
そしてもう一つは、結局僕の不勉強だったのだが針圧。
漫然と1.5gで使ったが、1.25gが推奨値?
そこでやり直し。
これでどうか?
…と、出てきた音は素晴らしかった(!)
ちょっとわざとらしさもあるので、嫌いな人は嫌いかもしれないがこれは良い。
素晴らしく爽やかというか晴れやかというか、抜けが良いというか抜けすぎと感じる位のサウンドだ。
MCよりもMC的?変な言い方だがチップの小ささがそのまま音になったような感じ。
しかし溝の表面だけなぞる様な音ではない。
かといって溝に食い込むという感じでもなく、例えて言えば溝を弾いているような感覚。
どこかオーディオマニア対策品的なところもあって、15辺りが好きな人は150Eaは拒絶するかもしれない。
僕は両方好き。
微小な音を拾い上げる感じという点では今回確保してきたカートリッジの中では一番。
本当に拾い上げているのか?脚色していないか?と言われると後者かもしれないが
音の世界はだまし絵みたいなところもあるので、ごちゃごちゃ言いたくない。
とにかくこれも拾い物だったわけで、超ラッキーと言えよう。
5月20日
例えば震災に遭われたなどという方からすると
犬の具合が悪いくらいどうした?という説もあって、
そう考えると申し訳ない気もするが
我が家にとっては結構大きな出来事だ。
特に女性陣の心労たるやそれは並大抵のものではなく、
母性の凄さを感じる。
そんなわけでよっしーの部屋も沈黙を守っているのだが
書き溜めたものは随時アップということで…
次にテクニクス。MMだ。EPC-271-CS
シェル一体型のルックスに惚れた。
しかもビミョーに高級感に欠ける(笑)そこが良い。
1974年頃発売。当時11.000円。
母体はEPC-270で、知らずに接している確率がめちゃくちゃ高いといわれるくらい
売れた、というかシスコン付属のカートリッジとして活躍した。
ローエンド機なのだが、さすが松下ということで他社比で相当進んでいたようだ。
それよりも今回は271のシェル一体という構造に興味を持った。
シェル一体型でヒットしたカートリッジというと、何といってもEPC-100Cがある。
1976年当時6万円という価格も度肝を抜いたが、その音の自然さで各方面のリファレンスに
収まったのは記憶されるところだろう。
その後ビクターU-1EやテクニカAT-34という名器が後を追った。
しかしそれは1976年以降の事であり、それより少し前にシェル一体構造を採用した271の事も
少しは褒めて欲しい?
スライド式シリンダーなどという細かい芸は無いのだが、そんな事していたらこの価格では済まない。
で、音は…と言いたい所だが、残念、針の寿命が尽きてしまっているようだ。
…と思って検索していたらビクターZ-1の針が一応使えるとか?
そう訊くと居てもたってもいられない性格ゆえ挿してしまう(笑)
音は出る。
だが、これはこれまで聴いて来た数本とはちょっと違う。
なんというか味付けばっちりみたいな音だ。
低音が妙に分厚い。こういう言い方は良くないかもしれないが、当時のシスコン向けサウンドだ。
懐かしさも感じるが本物ではない。
もっとも、純正でも何でもない針を挿されてとやかく言われてもカートリッジも困る?
しかし何とも愛くるしいルックスのカートリッジなのは間違いない。
早くちゃんとした針を手に入れないと、と思う次第。
5月21日
どうでもよいがマイクロソフトもやることがエグイ。
ふと目を離したスキにWin7がWin10に変身していた?
思わず目がテンになりましたが、始まった物は変に止められない。
仕方なく10を使っているが、とりあえず常用ソフトはそのまま使えている。
問題なければそのままにしたいが、しかし彼ったら強引なんです、
と言いたくもなる。
…では、以下また書き溜め分をアップします。
以上でカートリッジの収穫は終わりなのだが、針だけ買って来た物がある。
ひとつはこれ。シュアーM44-7用。
実はよっしーは44-7の針なしを以前より持っていた。
それに挿そう、そうしたらM44-GとM44-7の二本持ちになると姑息な事を思って買って来たのだ。
しかしこの針、ボディーがよくあるM44-7の白ではなくグレイだ。
紙箱には力強くM44-7と書かれているしBALCOMのシールも貼ってある。
中のプラスティックケースにもM44-7と書かれているから、やっぱり44-7用?
説明書からすると1998年頃からのデッドストック品ということになる。
まあどちらでも使えるから良い、と思ってM-44に挿す。
44-7だとすると針圧2g位でも良いのだが半信半疑なので1.5gくらいでシェイクダウン。
良い。これはやっぱり良い。M-44が好みなのは間違い無かった。
二本の44で違いはあるかというと、今回の針の方が少し高い方に癖を感じる。
ただ、それは微小な話で、針のエージングゼロという事を考えると
これから変化する可能性がある。まして針圧を変えてみると音も変わるだろう。
もう一本のM-44Gの製造が35年位前の物。今度の針は18年くらい前の物。少しは違っても不思議はない。
とにかくこれでM-44二本持ちになったのだ。万歳。
とどめに同じくシュアーでM-75BType2。
カートリッジは以前から持っている。シェルはヤマハのSMEもどき。
実はこのカートリッジ、44がこれだけ好いのだからと少し前に久しぶりに引っ張り出したら
チップ落ちしていたという悲しい奴。
ところが今回の関西行きで無事針をゲット出来てしまった。
(koyamaさんありがとう♪)
超ラッキー♪ということでこれも新しい(筈の)針を挿してみた。
音は出る。当然だ。
ただ、この音はやっぱり44とは違う。
ちょっと派手目で荒れて聴こえる。44の方がニュートラルだ。
この印象は以前からの物で、ある意味不変だったわけだ。
しかしこのカートリッジ、一度もシェルを換えたりしていない。
あるいはシェルの音を背負っている可能性もある。
その辺は今後また折を見て確認してみたい。
でも、取りあえず新しい針が付いて音が出るようになったのだから良いじゃないか♪
以上。他にも多少あるのだが、今回の関西ツアーで手元に来たカートリッジ5本と針2本のお話は
一応終わり。
ただ、あくまでも“一応”なのだが、予想以上にアナログ買いのツアーであった。
別に持ち帰り易いからカートリッジ、という訳ではなかった。
知る限り関東エリアのハードオフではカートリッジはあまり見かけない。
あっても妙に高価だったりして手が出ない。
ところが今回はkoyamaさんも驚くほど大漁であった。
これも運というか巡り合わせだろう。
とにかく使えるカートリッジが一気に増えた事もあって、ここ最近のよっしーの部屋は
CDもハイレゾもどこかへ飛んでしまいアナログ一辺倒になってしまった。
特にアナログ党という訳でもないのだが、こうしてみるとアナログはやっぱりめちゃくちゃ楽しい。
カートリッジを次々挿し替えて、“おお!”とか“ああ!”とか言うのは醍醐味というか楽しみだ。
一部若者でもアナログを楽しいと思う人が増えているそうで、それは結構というか気持ちはわかる。
ひとつ助言すると、くれぐれも歳の行ったマニアには近寄らないこと(笑)
ろくなもんじゃないからだ。本人が言うのだから間違いない。
自己流でやればよいのだ。
凄い装置も実は必要ない。
ハードオフで3.000円位で買えるプレーヤーで(壊れていては困るが)、実は凄い音が出る。
これはギョーカイの秘密であるが実はそうなのだ。
実際問題今回のカートリッジ一斉試聴は35年前のデンオンDP-1700で行ったが実に優秀なプレーヤーである
事が確認された。
音も良いが、次々カートリッジを取り換えるなどという用途に最適。
本当は軽量軽針圧向けのアームなので重量級のカートリッジにはイマイチな筈だが
使っていて駄目とは感じなかった。
これでアームの高さ調整が容易だと更に嬉しいが無い物ねだりだ。
使いこなしらしい物は特にしていない。純正ターンテーブルシートを裏返して使っているのと
TAOCのピンポイントベースを使って居ることくらいか。
5月22日
ルーさんの具合が悪くなって一週間。
人間も大変だが考えてみると一番大変なのは
本人、いや、本犬だ。
人間がつべこべ言っている場合じゃないか。
以下、書き溜め分のアップを継続。
さあ、関西ツアーですっかり爆発してしまったアナログ熱。
この際にということで死蔵に近かったカートリッジにも登壇願うことにした。
まずテクニカAT-30E。
これも一度は出てきたかもしれない。
針交換可能なMCカートリッジ。
テクニカのMCという意味ではAT-34や32と同時か、下手をすると少しだけ先に登場している
位の古参カートリッジなのだ。
発売は1980年頃。
VM型をそのままMCにしてしまった様な構造。ボディー側にコイルがあって
振動系は脱着可能。だから針交換可能。
コイルインピーダンスは10Ωだが出力電圧は0.4mV。
要するに磁器回路のギャップが狭い。高能率カートリッジだ。
もうひとつ。構造からして当然だが普通のMCのようにコイルとダンパーが一緒ではない。
ダンパーは針側にあり、コイルはボディー側にあるからだ。
当時19.000円(シェル付きで)とベストセラーになってもおかしくないカートリッジだったのだが
初期ロットの製品が接合針で音がイマイチということで評判を落とした。
これが後々まで後を引く。
すぐに無垢のダイヤに変更したが、だったら最初からそうしなさい、ということだ。
さて、ところでこのカートリッジをなぜ死蔵していたか?
実は針がどんと突き出ている状態を見て、また指診をしてみて、これはダンパーが駄目になった
個体に違いないと思い込んでいた。
なにせPX-2と一緒に拾って来た個体な物だから、出どころも不明。
信用が置けなかった。
なので今回の関西ツアーでも交換針を物色したくらいだった。
(実はあったのだが安くなかったので買わなかった)
まあ残念なカートリッジということで冷やかに観ていたのだが
今回数多くのカートリッジを試したついでに、と思いシェルに取りつけて聴いてみる気になった。
ところが、これがまともな音が出る。
あれ?と思い眺めてみるとボディが盤を摺りそうになるようなところも見受けられない。
…こ、これはもしかして別にまともな状態だったのか…
反省だけなら猿でも出来るというが、この一瞬よっしーは猿になった。
音だが実にこれが良いから笑う。
同じテクニカでも33系ともF3とも違うが、敢えて言えば33Eに似ている。
では同じかというとそんなことはない。
楽しくて、それでいて本格派の片鱗をうかがわせる、そんなカートリッジだ。
高出力MCといっても良いので最初はMM入力で聴く。
それで充分良いが、調子に乗ってトランスを使ってみる。
デンオンのAU-300LCだ。
30Eの出力インピーダンスは10Ωだからミスマッチ?
この際細かい事言うな、ということで使う。
…と、これで音が良いから顔が引きつる。より一層音が跳ねる印象だ。
ある意味サイコーである。
とどめにヘッドアンプではどうか?と思って試してみるとMM入力より上
トランス受けより下という感じか。真面目な音だが僕としてはトランス受けで楽しくやりたい。
ある意味オーバーアクションなのかもしれないが、この際ややこしい事は言いたくない。
今まで無意味に眠らせてしまった分、大いに使おうじゃないか。
5月23日
看病というのは難しいもので、何が本人(犬)のために
最善なのか?わからないところがある。
さらに家人以外の突っ込みがある。
爺さんも弟もルーのことが気になって仕方ない。
しかしこれが贔屓のなんとやらになる事も多々あるから
難しい。
しかし今回の件で気が重くなるのは
ひとつには25年前の出来事を思い出すからかもしれない。
25年前。母のことが気がかりなのは家族だけではないから
父方母方双方の親戚から19時頃になると電話が鳴り響く。
無理もないのだが、こちらはやっと帰宅して、
暗澹たる気持ちで食卓について…
なんてタイミングだから困ってしまう。
というか疲れにトドメの感があった。
このあたりがお見舞いやら看病やらの難しさだ。
もっとも今ならメールがあるのでもっとスマートに
やり取りも出来ようが、そんな物は影も形もない時代の話だった。
個人間の通信手段といえばポケベルの時代。
しかし不測の事態に構えている時に鳴るポケベルくらい
心臓に悪い物はない。
そんなこんなを思い出している。
…というか、忘れた日なんて一日だって無いけどね。
続いてパイオニアPC-110?
?が付くのはどこにも型番が書いていないからだ。あるいは110MK2なのかもしれないが
僕には判定不可能。
初代は1973年登場。当時6千円。
アルミ軽合金カンチレバー。0.25mm径ダイヤモンド針。0.82mgの振動系実効質量を誇った。
…というような事よりなにより、当時ローコストプレーヤー達の付属カートリッジとして活躍。
これもまた知らない内に多くの人がその音を耳にしていてるに違いないカートリッジだ。
音だが、フツー。
どこまでもフツーの音がする。
それが魅力でもあり物足りないところでもあろうか。
あるいはPC-110やAT-11の様なカートリッジこそがまともな音がするカートリッジなのかもしれない。
他のカートリッジは演出過剰というわけだ。
ただ、何をして由とするかは人それぞれ。直前に聴いていたAT-30Eなどはやっぱり楽しいと言えば楽しい。
議論を重ねるのも良いが、素直に出て来るそれぞれの音を楽しめば良いのではないかと思う。
なんといっても色々な音を手軽に楽しめるのがアナログの面白みである。
真面目に考えるとピックアップ系はカートリッジ、シェル、アーム、それから配線まで
一体が良いし、調整も厳密に、と思えばカートリッジをとっかえひっかえなんてのは
邪道ということにもなる。
しかしあまり堅苦しいことばかり考えていても仕方ない。
オーディオは所詮遊びである。
5月26日
これをここで書くべきか迷うところもあるが
ご報告しておこうと思う。
ルーは息をひきとりました。13歳と三か月でした。
ルー、と呼んでももう返事はもらえません。
この事実は変えられません。
と、こうしてタイピングをすると心にもないことというか
そんな風にしか書けません。
本当は…、気が狂いそうに悲しいです。
ルーと暮らした間、ずっと楽しかった。
だから”ずっと楽しかったよ。ありがとう”と言いました。亡骸に向かって何度も。
静まり返った家では色々な音が聞こえるものだと改めて思いました。
それは加湿器が低く動く音だったり、冷凍庫が自動で氷を作る音だったり、です。
家に居たくなくて、何十回と外に出ます。すると聞こえるのは風の音です。
困ったことに、近所中ルーと歩いた思い出ばかりです。
当たり前ですね、13年はそれなりの歳月です。
これからは幻を追うようになるのでしょう。
犬を飼うという話が出たのは当時小学生だった子供たちからだったと思います。
犬種選びに一生懸命になり、当時は今よりはもう少し時間に余裕があったかみさんが
二人と一緒に色々なペットショップを巡回した話を、毎日なんとなく聞いていました。
結局ネットで見つけたショップに居るルーと出会い(僕はノータッチ)、雨の降る日に引き取られてきました。
その子供たちが二人とも成人しているのですから、それはルーだって歳を取りますね。
今回子供たちの、亡くなったルーへのふるまい。悲嘆にくれる母親へのアクションに
成長を垣間見ました。
ルーは一歳くらいの時に原因不明の体調不良で入院までしたことがあって、
その時はかみさんの方が、”ルーになにかあったらこの子達の気がくるってしまうんじゃないか”
と心配したのですが、いつの間にか逆転したのです。そのことは今回僕にとって救いです。
しかし、考えてみると小学生だった子供たちが成人に至るプロセスを共に犬と過ごすということは
今後再現不可能なことです。
かけがえのない経験を、ルーさん、やっぱりありがとう。
オーディオの音は一週間止めていましたが、今ルーの亡骸を隣室に、
ちょっぴりレコードを掛けています。
多分ルーもたくさん聴いた演奏です。
よく、こうして隣室で。あるいはオーディオのある部屋の床に寝そべっていてくれました。
スピーカーの影やラックの裏に潜り込んでしまうのは困りものでしたが
ここ最近はそれも少しづつ減って、主にその隣室にあるお気に入りのローソファーに
寝そべっていました。
書きながら途中で、やっぱり外へ出ます。なぜでしょうね?家に居るとつらいんです。
犬との別れと人間との別れとどちらが悲しい、なんて考えても仕方ないことに、
こうなってみると本当の意味で気づきます。
犬から学ぶ最大のことは、”雄弁は銀、沈黙は金”ということです。
犬はそばに居るのみで、意見なんてものは発しません。
あるいは最高の処世術?
そこが良いのでしょう。なにも発しないから、人間の方で勝手に色々解釈してしまいます。
こうして書いていても首筋や肩が痛いです。
ちなみに僕は普段まったく肩こり等を感じない人間です。凄く緊張しているのですね。
これからはもうルーの抜け毛に悩まされることも無いのですね。ちっとも嬉しくありません。
ダイソンのコードレスはそのために買いました。いつだってルーの毛が山のように集まるんです。
それもなくなるのですね。
今は家のあちこちに残っている抜け毛も1年2年と経つうちにさすがに無くなるでしょう。
僕が着ている服をさっきみたら、ルーの毛が数本ついていました。
それでよいのです。それが我が家のスタンダードなのですから。
書きながらもやっぱり外へ出ます。
空を見上げます。
不思議ですね。どうして人は逢えなくなった者達のことを思うとき空を見上げるんでしょうね?
誰か教えてください。僕には今何もわからなくなっています。
カートリッジを替えてみましたよ、ルーさん。音はどうですか?
いえいえ、生前よりその辺の意見はもらえたことがありませんから無理ですね。
お父さんも今は何を聴いても音がわかりませんよ。
それよりも、その音楽はさんざん聴かされて、耳にタコよ、と言いそうですな。
これから当分の間、何をしていても楽しくない日々が続きます。
それは仕方ないこと。
と、また外へ出てきました。風が結構ある日ですね。
ルーさんが生まれて、そして家に来たのが2003年。
そのあとある時期から結構長い間仕事の方では色々あって困っていました。
ま、人間の家族もよく知らないくらいだから、ルーさんが知る余地もないですな。
でも頑張ったんだから、ルーさん少しは褒めてください。
目が悪くて、なにより犬のくせに鼻が利かなったルーさん。
でも、耳だけは良かった。
宅急便の車のスライドドアの音が大嫌いだったルーさん。
郵便配達とかの4サイクル単気筒のバイクのエンジンの音が大嫌いだったルーさん。
でも、不思議と父さんのCB50にだけは吠えなかったね。不思議。
これから宅急便や郵便配達とか来るたびにルーのことを思い出すわけだ。
こりゃ辛いぜ、ルーさん。
みんなの大切なルーさん。
大切にしすぎたから、こんなにも別れが辛いのか?
人間六人掛でかわいがったからなー。みんな馬鹿だね。
13年前マニュアル通りにケージとか買ったのに、みんなして”ルーが閉じ込められているのが嫌”
って感じですぐ使わなくなってしまった。
置いてけぼりにされることに敏感だったから、鳴き叫ぶ姿をみるのが、人間の方が嫌になっちゃった。
特にお母さんのことが心配だなー。
過呼吸起こしかけている。あれはルーさんのこと溺愛していたから。
ん?お前もな、って?
その通り。
父さんは自分のことをここ数年、”単なる愛犬家です”って言っていたのに
これからは単なる人、じゃないか。どうすんのさ。
ルー無しで歩く自分。想像出来ない。でも、これからはそうしなくちゃならない。
何言ってんのよ、あなたには私が欠けても家族がいるじゃない、と言われるとその通り。
家族がいるからルーさんのことも迎えられたんだよね。
その意味でみんなに感謝しなくちゃいけない。
お前がなついていた隣のお姉ちゃんに逢ったから報告しておいたよ。
すぐスリスリしていつまでも纏わりついていたからな。
ルーのおしっこの後を探すんだけど、もう消えてしまっているね。
ルー、詰まらないよ、ルー。一人でオーディオしていても詰まらないって。
何か言ってほしいよ、ルー。
誰もいない家の中で”ルー!”って呼ぶわけさ。返事があるわけはないのに。
父さんの頭はおかしくなっちゃったみたいだね。
お父さん。
え…
ありがとう。
ルーさん。
そんなに悲しんでくれて。
ルー…
でもね、仕方ないのよ。私たちの寿命はあなたたちより短いの。
13歳ともなるとお迎えも来るのよ。
…
それにね、私は本当に幸せだったと思うわ。
…
みんながみんな、こんなに揃って可愛がってくれる家庭にばかり行けるわけじゃないのよ。
ルーさん…
私本当に幸せだった。
…
だからね、お父さん。
ん?
いつまでも悲しんでいてはだめよ。
それは嬉しいけれどダメ。
考えてみて。私はあなたの人生に最初からいた訳じゃないの。
そもそもは居なかったものなのよ。
だから元に戻るだけ。
そう考えて。
…そんな風には…
お兄ちゃんもお姉ちゃんも立派に成長しているわ。
小学生、中学生、高校生、大学生、卒業。ずっと私見ていたから…
そして、これから二人とも凄いスピードでお父さんたちから離れていくのよ。
いくら仲良し家族でも、その全てをずっと手元に置いておくなんてことは不可能なの。
だんだん変化していくのよ。
その時残るのは伴侶よ。お母さんを大切にするのよ。
…うん。
おじいちゃんや、あなたの弟のこともちょっと心配。
二人も私のこと可愛がってくれた。そしてそれは自分たちの寂しさを埋める行為でもあることを
わたしわかっていた。
ううん、理由はどうでも良いのよ。いっぱいかわいがってもらった。感謝しているわ。
あの人たちのことも、お父さん、あなたはもっと気にかけてあげるのよ。
わかったよ…
13年の間にお父さんの親戚、お母さんの親戚にもたくさん逢ったわ。
あなたはまだまだ幸せなのよ。世の中には本当に独りぼっちの人だっている。
そうだね。
可愛がってくれてありがとう。そして悲しんでくれて…
でもね、あなたにはまだまだやらなくちゃいけないことがあるし
できることがいっぱいあるの。それをやらない事の方が罪なのよ。
しっかりやってね。
ルー…
あなたの音も、いつだって聴いているわよ。あまり変な音出すんじゃないわよ。
頑張ってね。
何よりお母さんを大切にしてね。よろしくね。
ルー…ありがとう。
私はちょっと疲れたから眠るだけ。そう考えてね。
元気を出して。じゃあね。
ルーさん…
5月31日
ルーのことでは大勢の方から温かいメッセージを頂戴しました。
ありがとうございます。
頂いたお言葉は、全てルーの遺影の前で報告をさせて頂いております。
ありがとうございました。
直接面識のある、犬つながりの方たちへの報告はまだまだ途中ですが
少しづつさせて頂いております。
”それだけ皆に可愛がられたなんて、本当に幸せだったと思いますよ”
”治療についても、最善を尽くされたと思う。
何しろこればかりは人間が人間を診ても、何をもって完璧と言えるのか
わからない分野。人間は神様とは違う。気が付いたときすぐに獣医さんに
診せた。それでもう十分だったのですよ”
とある愛犬家の方のそんな言葉に、僕の中で痞えていたものが少し落ちてきた感じはあります。
犬だけではありませんが、動物たちは体の不調を感じても
それで泣き言をいうわけでもなく、受け入れていく様です。
そこが凄いと思います。
見習わないといけませんね。
そして、その愛犬家の方から頂いた以下の言葉にハッとさせられました。
”犬というのは虹の架け橋を、振り返ることも無く一気に駆けて行ってしまうらしいですよ”
…虹の架け橋とは、現生からあちらの世界に向けて掛かっている橋を意味します。
その道を、犬というのは途中で振り返ることもなく、さっさと走って行ってしまうということです。
そうかもしれない…
案外めそめそしているのは飼い主だけだったりするのかもしれない…
そんな風に思ったとき、見えてくるものがありました。
そしてもう一つ。
二日間ほど安置したルーの亡骸を送る時、そのそばに一番長く居た娘に
”気にはなっていたのだけど、この写真は撮っておかなくてよい?”と尋ねたのです。
亡骸の写真など、と思う反面、これがラストショットになるから、と思ったからです。
その時娘が涙声で言いました。
”元気な時の写真がいっぱいあるから…”
ハッとさせられました。好き好んで悲しみの記憶を残すことはないのです。
確かに悲しい何日間かがありましたが、それはルーの13年と数か月という全体を見た時に
何千分の一の部分なのです。
そこにばかりフォーカスするのは、やはり間違っている。
そんな、ある意味当たり前のことにこの時気づかされました。
迂闊にも、例えば私は私の母のことを振り返る時に、その一番苦しかった最後の半年にばかり
この四半世紀、目を向けていたのです。
それは我が家の壮絶な記録であったから無理もないのですが、果たして正しいのか?という事に
やっと気が付いたのです。
どうせ思い出すなら、楽しかったことを思い返す方がなんぼかマシです。
悲しみにばかり焦点を合わせるというのは、あるいは残された者の自己満足の一種なのではあるまいか?
24年も掛かって気づく自分は、ギネス級の大バカ者です。やっぱり。
今、ルーの遺骨の脇に、娘がアレンジしたルーの写真が飾られています。
お得意のどや顔を筆頭に、敢えて変顔のショットも交え、たくさんのルーで賑わって?います。
個々の写真自体が、若い人間のセンスで撮られていて、それも良いです。
それを観る時、僕の心はようやく少し落ち着くのです。
ルーの13年間は不幸だったのか?
とんでもない。そんなことはなかったのです。
…というか、そんなややっこしい事、ヤツは考えてもいなかったでしょう。
ひとつ確実に言えるのは、人間の方は間違いなく幸せにさせてもらっていたということです。
前にも書きましたが、子供が小学生から成人に至るまでを一匹の犬と共に過ごすというのは
もう二度と出来ない体験です。
二度と出来ない。しかし一度は出来たのです。
その、一度は出来たことにフォーカスするのが本当なのです。
やっぱり、ありがとう、ルー。お前のお陰でずっと楽しかった。
13年間ずっと楽しかった。楽しかったヨ!
…悲しみは容易に去りません。
僕が先に帰宅している時は、仕事を終えたよっしーの妻を仕事場である
教室まで車で迎えに行きます。
その時は後部座席にルーが乗っていました。
でも、今、バックシートを振り返ってもルーはいません。
そのことを、同じように感じているのが互いにわかっています。
口にしてはいけない。そう思いながら家路に向かうのです。
そんなことが永遠に続くのですね。仕方ないのですが。
でも、徐々に時間が解決をしてくれると信じています。
というかそうしなければいけないのでしょう。
息子も娘も、休みとなれば元気に出掛けていきます。
それでよいのです。もちろん心のどこかにルーの影が居るのでしょうが
若い者の目は前を見ているのです。
僕も前を見なくてはなりません。
どこもかしこもルーの残像だらけの世界です。
でも、歩かないと。
歩いて行かないと…
”犬というのは虹の架け橋を、振り返ることも無く一気に駆けて行ってしまう”
…そうなんだね。ルーさん…
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