6月1日

リレーをクリーニングして、M-22のはいかに?

残念ながらイマイチだ。

良く言えばとってもエレガント

HMAあたりと比べるとゲインも低いのでプリのボリュームを割と上げられるなど
使いやすさも感じさせるが切れが悪いというか音がっている。

こんなもんじゃないだろう、というのが感想。

これは仕方ない。
マニュアルをダウンロードしてテストポイントにテスターを当ててみると
数値はいい加減極まりない。

最低限調整が必要とみる。

さっそく半固定ボリュームを回して…
と思って思いとどまった。

この半固定ボリュームがいかれている場合
その瞬間にトランジスターが飛ぶ危険性もあるとネットで知った。

35年ものの半固定ボリュームを信じろという方が無理だ。

最低限これを代替え品に取り替えてから回すべきだろう。

それから(柄にもないが)電解コンデンサー類を取り替えてみたい。

よっしーはそんなに神経質な人間ではないが
これだけ過熱するアンプだと各部品の劣化の進みは早いと見る。

ちょっと時間が必要なようで、ゆっくり楽しみたいと思う。


6月4日

突然ですが平面バッフル登場。



ユニットは見てわかると思うがP-610

板はコンパネで、これ、実は日頃押入の中で下敷きとなっている物。
更に元を正すと数年前必要に迫られて瞬間的に二段ベッドを作った時の部材。

ケチの元に嫁ぐと板も大変だ。最後まで働かされることになる。

ある日思い立ってP-610用の取り付け穴を空けられてこんな姿になっちゃった。


平面バッフル、という前に久し振りにフルレンジを聴きたくなったというのが事の発端。

どうもカーステにFE-108Σを引っ張り出したのが良くなかった?ようだ。

そして平面バッフル。

あるいは最もシンプルなエンクロージャー…とも言わない。いわゆる囲いは無いからだ。

と、ここでバッフルのなんたるかを長岡先生の言葉を借りて振り返っておきたい。

“バッフルのメリットは何か。

第一はいわゆるバッフル効果
@コーン前面の空気が背後に逃げようとするのを抑えてコーンの負荷を高め能率を上げる。
つまりコーン前面から放射される低音については、コーンの振幅が同じ場合、バッフルが広い方が音圧が高い
(音になる部分が多い)のである。

Aこうやって発生した音波もバッフルに遮られ後方に逃げる分が減るので前面への放射効率が上がる。

この二つは混同されやすいが別物である。

@は低音のみに効くもので音波以前の問題。

Aは全域に効くもので音波になってからの問題である。”


…ということでまずここが理解出来るか?

わかるようなわからないような…
まあとりあえず何となくでもわかっていれば問題ない。
(全くわからなくても音は聴ける)

“この他にもバッフル効果はある。
それはバッフル自体が振動すること。
振動しなくてもユニットからの音波を反射することで疑似音源として働くことだ。

音を光に置き換えてみると点音源というのは小型の裸電球のようなもの。
電気スパークの光のようなものである。

面音源というのはから差し込む光のようなもの。
面音源の特徴は、指向性は鋭いが面積があるので到達距離が長く、首を振っても音が変わらないこと。

面音源では仮想点音源までの距離が大きくとれ、近距離で聴いても奥行き感が出せること”

…ということで、以上は面音源スピーカー、“光琳”製作記事の冒頭に掲げられているものである。
詳しくは氏の文献を読んで頂くに限る。
なお、この光琳というのは平面バッフルではなく巨大なバッフルを持った超薄型のバスレフスピーカーだ。
初出は別冊FMfan誌なのだが前号でバッフル極小のスピーカー、スワンを発表した次

この巨大バッフルスピーカーを登場させている辺りが氏らしいところだ。
物事全て一長一短。バッフルが善か悪かはケースバイケースということになる。

次によく言われるのが背圧の問題。

スピーカーユニット背後の音、というか空気の動きは
閉じこめられるか(密閉)、一部を利用されるか(バスレフなど)というのが一般的だが
前面の動きと比べると遥かに制約を受けているのは間違いなし。

また、それがユニットの動き自体に制動を掛けている部分もあって、それが良いか悪いかという問題が出て来る。

平面バッフルあるいは後面開放箱というのはその辺りの負荷がユニットに掛からないので微少信号の再生にも有利と言われる。

ごもっともだが、ではどうして一般的には背面も囲ったスピーカーが多いのか?

一つにはセッティングの難しさがあると思う。

背面が開放されているということは前面と同等の音が後方にも遠慮無く放射されてしまう訳で
壁との距離等による音の変化は普通のエンクロージャータイプのものと比べると大変大きいものとなってしまう。
置き方で音がコロコロ変わってしまう何て言うのはメーカーの立場としては好ましいとは思えないだろう。


6月5日

理屈はさておきを出そうではないか。

しかし今回のバッフルはデカイ
もちろん世の中にはもっともっと大きいバッフルを使っている方がいるのは知っている。
だが、個人的にはこれで充分大きい。
畳一枚…は大げさだがそれに準ずるサイズがある。

こうなると置くのも大変。

まずは、ということでリスニングポイントから1b足らずのところに置く。

…面白いと言えば面白いがどうも黒板と対峙しているみたいで嫌だ。

そこでDS-301の眼前程度まで後退させる。

…まだ慣れない。
どうしても板から音が出ている感じがして音の世界に入り込めない。

そこで前後を反転させて、つまりユニットがこちらにお尻を突き出すセッティングとしてみる。
接続はそのままだから逆相になるのだが、これが案外良い。

それでもまだ馴染めない感じがある。
オーディオは視覚が占める割合も大きいので、このままだとやっていられない様だ。

ただ、低音の量感は立派なもの。

言い忘れたがプリはC-2Xなので低音を煽ってやると更に良くなる(音量が小さい場合特に有効)。
メインはHMA-9500。M-22は休眠。

さて、手を下そうではないか…

(続く)


6月6日

しかし猛然と忙しい。
だったらこんなもんを書いているな、と言われそうだが
わかる人にはおわかりの通り、そーゆー時こそ筆が進む?

この日記、振り返ってみるととんでもない時にもキチンと進んでいる。
馬鹿みたいだが、これを書くことが一種の現実逃避的役割を果たしてくれているのだろう。
まあ仕方ない。



とにかくデッカイ一枚板のままでは不便で仕方ないので二つに分けた。

何しろ12_厚のコンパネだから手引きノコであっさり切れる。

しかしこうしてみるとそれでも充分デカイ?

大分扱い易くなったが音は正直イマイチ

平面バッフルなんてこんなもんかな〜?とちょっと淋しい気持ちになりかける。

と、そんな時あることがひらめいた。

そーだ。デジアンを使ってみよう、と。

これは完全な思いつき。

ステレオ誌付録のデジアンを引っ張り出す。
ただしプリにC-2Xを宛う。
これも根拠はない。ただ、プリがあった方が良いと思っただけ。

(6月29日追記 この接続は正しくない!
最悪プリアンプが壊れますからプリアンプのプリアウトから
プリメインアンプのインプットに繋がないこと!


ところが…!

これが大正解。

平面バッフルが突然“鳴り始め”た(!)

それまで遠慮がちに鳴っていたP-610が活き活きと鳴っている。

なんですか?これは。


6月7日

なんですか?これは?と言われても困るだろう。
平面バッフルです、わたし、と言われそうだ。

まず、なぜにデジアン?

一つにはスピーカーのセッティングをおおまかに見るのに適していると思うから。
アンプ部での位相管理みたいなものがアナログアンプに比べて優れていると考える。

余計なファクターは除去しておくに限る。ただでさえ平面バッフルはセッティングが厄介(な筈)。

という単純な発想でデジアンを持ち出したが、これが実にしっかりスピーカーコーンをグリップしている。

そのためか、音は実にしっかりしたものになる。

愉快痛快奇々怪々

ここへ来て初めてフルレンジ一発の良さが、そして背圧ゼロの良さが際立ってくる。

まず背圧に関するお話しだが、この音を聴いていると思い出すのがネッシーの音。

ネッシーと聞けば際物のように思う方もいるだろうが、やはり共鳴管スピーカーの良さというのはある。

まあ土管にユニットを取り付けてしまったような物を想像して貰えれば良いと思うが、
共鳴管もまた背圧フリーに近い作りである。

もちろん共鳴管を閉管としてしまえば話しは変わるが、ネッシーの場合は開管であり背圧が
開口部から吹き出してくるかの様な感がある。

バックロードも又ユニット背面の音を活かした方式であり、密閉やバスレフと比べると背圧フリーな方式といえる。
ただ、バックロードはあくまでもホーンであるので共鳴管と比べるとロードを掛ける分の負荷は感じる。
(それでもDシリーズとスワンタイプでは鳴りっぷりは全然違うのだが)
その点共鳴管は背圧による束縛が無く、これに並ぶのは音響迷路くらいと想像する。
また、凌ぎたければ後面開放箱とするか平面バッフルを採用するしかないと思う。

今回の平面バッフルはやっつけ仕事であり、現状では色々な物がいい加減。

だが、充分な音がする。
サラリーマンの音ではなく、フリーランスの音?
腕白でも良い、逞しく育って欲しい

重箱の隅ばかり突いていても仕方ないだろう!とスピーカーが言い放っているかのような感じだ。

出来れば極小音量よりは少しボリュームを上げた方が良い、というか上げたくなる。
音は四方八方に飛び散る。
もちろん後方にも同量が飛ぶのだが、解釈によっては音場スピーカー的要素も持つと言って良いのではなかろうか。



6月12日

しかし、かなり疲れている。

実りのある疲れなら良いのだが、人生そうじゃない事も多いから困る。

いやいや、本当に疲れますね。



話しはコロッと変わりCB50

ここのところご無沙汰でした。

軽いわけもございまして…



…そう、それは一ヶ月以上前のことでした。

ちょっと買い出ししなくてはいけない物がありCBを駆って出掛けて行ったとお思いください。

と言ったって3`程度の道のりだったのですが、いよいよ目的地付近で低速走行していると
何やらポッ…、ポッ…、と聴き慣れないが?

あれれ?と首を傾げるが、どうもその音はプラグ付近から発されているような?

これはプラグが緩んだか?と駐車後さっそく触れてみるとたしかにぐらつく?

でも、まあその段階では凄く熱いわけで、とりあえず買い物を果たしてから
冷えたところでチェックすると指で回る?

??

プラグレンチはいつも持っているのでレンチを使って抜いてみて、
再び指で締め込んでみるもわけのわからない感触…

路上でこれ以上出来ないと判断してエンジン掛けてその場を去り
家まであと1`足らずの交差点まで来たら…

ポンっ!!

と、それはそれは盛大な音がして、急にエンジンストール

焦るよっしーの目の端に止まったのは
エンジンからすっぽ抜けてプラグケーブル+プラグキャップの先っぽでブラブラする
問題のプラグちゃんではありませんか(汗)


…あんまり引っ張っても仕方ありません。結論を申しましょう。

つまりですね、エンジンのシリンダーヘッドに雌ねじが切られている
プラグの受け側の、そのネジ山がお馬鹿になってしまったのですね。これが。

この症状、よくあるのはプラグを締める時に最初は指で恐る恐る、
角度に間違いないな、と確かめつつ締めてから次にプラグレンチで締めるという
手はずを取らずに、ハナッからレンチでグイグイ締めてしまったりした時に
シリンダーヘッド側のプラグホールのヤマを壊してしまってこの状況に至る、というヤツなんです。

でもねー、よっしーは一応バイクや車いじり歴35年くらいの人ですから
そんな過ちは犯さないです、それは。

更なる結論をいうと、これはもう35年落ちのバイクならではの
経年劣化という物の一つですね。

おかげでCB50は今こんな事になっています。



6月13日

しかしエンジンの突然死というのに又しても出くわすとは
お釈迦様でもご存知あるめえ。

だいたいが原付バイクのエンジンなどというのはプリミティブそのものなので
(最近はそうでも無いようだが)
いきなり息の根が止まるようなパターンはあまり無い。

先だってクランクシャフトとACジェネレーターの位置決めをしている
ウッドラフキーが割れてエンジンストールというのを経験して、
「これでもう突然ストップというパターンは無いな」と思っていたのだが
甘かった。

そもそも内燃機関というのは良い混合気。良い圧縮。良い火花の三点があれば由とされる。
で、これらが多少劣化しても完全ストールとはなかなかならない。

例えばキャブの不調でも簡単に走行不能にはならない。
火花もポイントが相当やばい状態になっていても
案外いけるものだ。
(以上それなりの修羅場はくぐってきた)

圧縮だが、これがいきなり抜けるという想定はさすがの古強者もしたことがなかった。

走っていていきなり圧縮ゼロなんて普通は考えない。

しかし、なるほどプラグが抜けて再びねじ込む事が出来ないとなれば
これはもうアウトだ。

長生きはするもんだ?
信じられない経験をさせて貰っている。










6月14日

そんなこんなでエンジン分解。

いや、ホントに懐かしい作業だ。



シリンダーヘッドは内燃機関屋さんに運ばれ、無事プラグホールの
リコイル終了。金5000円也。

バルブを見ればカーボンの堆積もあるが
今回はこの辺りは弄らない。



そしてこちら。キタコのボアアップキット

今時CB50用なんてのは無いのだが、エイプ50用のがそのまま使える。

これで夢の82cc

まあ一生に一回くらいボアアップってのをやってみたいと
只それだけの話しです。


6月15日

ボアアップだが、やらない方が良いという説はある。

基本50ccのエンジンを82までスープアップすれば
色々な部分の負担が増大する。

しかし、この縦型エンジンは、例えば兄弟車種にXE75だとかXR80だとかを持つ。

それらと基本共通の部分が多いことを考えると
即ちダメになってしまう事は考えにくい

ただ、まあ75だの80だのはストロークも長くして、
ボア×ストロークでその排気量を物にしているのであって
今回のみたいにボアだけ広げている訳ではない。

ボアだけをガツンと広げるということはシリンダーの肉厚がかなり薄くなる訳で
の影響など心配なのは確か。

オイルクーラーまで装備するのが正解だが
そこまでやると金も掛かる。

この熱害がどれくらいの物か?
それだけが唯一心配だが、そもそも年に1000`も乗らないバイクだから
実用上は問題ないとも言える。

まあ最悪また51ccにせば良いのだ。

それより82ccになることによるパワーアップの方に関心が行ってしまう。

もちろん単純にボアアップしただけではパワーは上がらない。

だからエイプ50にこのキットを組む場合、必然的にキャブやシリンダーヘッド。
そしてマフラーまで含めた交換が必要。

だがCB50は元々がハイチューンエンジンとも言え、
どうやらキャブもマフラーも交換不要のようだ。

その辺を調べた上でキットは購入している。

後はブレーキ等が追いつくかという問題だが
例えばフロント機械式ディスクはCB90辺りまでほぼ共通だし
CB125でも同じ(本当に同じではない)物が採用されている。
まず問題ないと見る。

最後は真面目に法規関係だが51が82になっても保険税金とも問題はない。
(自賠責保険に関しては排気量が変わった事を保険屋さんに通告する必要はあるようだ)

免許についてもよっしーの場合は最初から問題ない。

ということでGOサインを出すことにしたのだ。


6月18日

そろそろオーディオの話にしないと呆れられそうだが、もうちょっとだけ。



現在CB50用のボアアップキットは出ていない。
そこでエイプ50用を使うことになる。

エイプのエンジンはCB50系をベースとしている。

だが100%同じではない。

だから少しだけ注意が必要。

下調べをネットでしていて、一番気になったのが
エンジン・スタッドボルトの件。

エイプのスタッドボルトの方がCB50系より
ヘッド部分の径が太い。

それで何が違ってくるかというと、ヘッドを組む際に掛けられるトルクが違ってくる。

そこを知らずボアアップキットのマニュアルに書いてある通りのトルクを掛けてしまうと
スタッドボルトの頭をねじ切ってしまう事になる。

…どうもこのトラブルは幾例かあったようで、よっしーが手にしたボアアップキットの
マニュアルではスタッドボルトの頭の径によって二種類のトルクが指定されていた。

それからするとCB系エンジンに使う場合はそれ用の指定のトルクで締めれば良い
と言うことになるが、いっそエイプのスタッドに換えた方が良いという説もある。

ボアアップすると言うことはそれだけエンジンの負担が多くなるのだから
取り替えるべきという気がする。

大変悩んだが結局取り替えておくことにした。

悩んだ理由は簡単で、今のスタッドボルトが簡単に抜けると思えなかったから。
(35年物だから固着の可能性大)

しかし挑戦した。
なぜって、後から交換が必要でした、となってもそれこそ大変だから。

スタッドボルト抜きが、今回の作業前半のクライマックス。

結論をいうと伝統のダブルナット作戦で全てのスタッドボルトが回った(!)

もしへし折ったら非常に厄介な事になるわけで
4本のスタッドが無事抜けた時には心底ほっとした。

(次回から一旦オーディオの話に戻ります)


6月19日



ということでオーディオの話。

まず逆オルソン

江川先生の影響で30年位前にはこの置き方をした人も多かっただろう。

もっとも正調の逆オルソンでは、両スピーカーがもっと近寄るセッティングのはずだ。

ただ、とりあえずよっしーの場合センターが抜けていないと
視覚的に受け入れられないみたいだ。
これは仕方ない。

まずはこれで心地よく鳴っている。

アンプもデジアン一発で鳴らしている。

節電を心がけるとこれになる。

雑誌付録のデジアン一発+16aフルレンジ平面バッフル。

結構かな音で鳴るから凄いというか
他の機器の立場がビミョーになる?


6月20日

いい加減な平面バッフルでP-610が真価を発揮しているとはとても思えないが
とてもバランスの良い音だと思う。

まず、人のが良い。
FMでアナウンサーの声を聴くのが楽しみになる。

充実した中音に対して低音は必要充分。
当初はトーンコントロールが必須と思ったが不要。
そのままで良い。

敢えて言えば高域はちょっとスパイスを加えたくなる感はある。

特に今は逆オルソンでユニット軸上を45度くらい外しているので
その感が強いのかもしれない。

ツイーター追加は有効と見るがトーンコントロールでも補正可能な範囲。

ただ、デジアンにはトンコンは無いので現状は現状を楽しむにとどめる。


6月22日

>しかし、よっしーさんのサイトはオーディオの話よりCB50の話の方が断然面白いなあ。XE75なら僕も乗りたい。

…と嬉しい事を書いて頂いたので、胸を張って?CB50ネタ。



弄るにはサービスマニュアルが必要で、もちろん持っているのだけど
僕にとってはこちら↑の方がマッチする。

イトシンさんの軒下整備工場、だ。

とにかく親切丁寧。わかりやすい。



後でイトシンさんにはもう一度ふれたいが、この記事の掲載は
モトライ・チャンプ'81年10月号。

表紙が凄い。

そして我ながら物持ちが良いと呆れる。


6月23日

バイクに乗ることを人には勧めない。
なぜって危ないから。

ただ、まあ楽しいものです、バイクって。

僕の場合乗るのも好きだけど、それ以上に弄るのが好きっていうパターンで、
工具を握っている時に、この上ない喜びを感じるタイプといって良いでしょう。

だから、絶えず二台以上のマシーンがあって、
一台は弄り用っていうバイクライフでした。

ただ、最初のバイクであるCB50JX(1974年頃の、フロントフォークに
ラバーブーツが付いていたタイプ)はほとんど弄らなかった。

理由その一は、買っておいてなんだけど、ルックスがどうしても好きで無かったから。

それと工具が全然無かった。

今ではそれこそ100均でもそこそこの道具が買えてしまうけど
時代が違う。

工具に対する憧れも凄くあったけどお金が回らない。

大学に入った頃か、バッタ屋さんでソケットレンチ一式780円みたいなのを
買えた時は小躍りして喜んだものだ。

で、本当の意味で色々弄れたのは、社会人になってから二台目のCB50JX-1
(今持っているのと全く同じタイプ)を手に入れてから。

この頃は工具も割とちゃんとしたのが揃っていたし、
腕も多少上がって?いたので絶好調という感じ。

イトシンの軒下工場、もこの時初めて役に立った感じ。



しかし、イトシンさんの記事は素晴らしく分かり易い。

これがあったからバイク弄りが出来たという人も少なくないだろう。

イトシンさんは残念なことに2010年に亡くなられているが
氏に育てられたライダー、あるいはサンデーメカニックはたくさんいて
今なお元気にバイクを弄っているに違いない。
(僕もその一人だ)

イトシンさん、本当にありがとうございました。
あなたのお陰で僕もハッピーなオートバイライフを過ごせています。


6月24日



美しい夕焼けを見ると「狙われた街」を連想してしまうのは
僕だけだろうか?



CB50、いやCB82というべきか?はあっさり始動してしまった。

慣らしもあるので全開になどせず地味に走ってみる。

キャブもマフラーもそのままでいけてしまうのは素晴らしい。

とりあえずトルクは確実に上がっているのがわかる。

そして乗り味としてはCB50本来のものからかけ離れたりしていない。
これは良いことで、お陰でタイヤやブレーキにも不足を感じたりすることがない。


6月25日

ここ数年、同窓会めいた物が増えている。

40代も半ばを過ぎると、そういう機会を持ちたくなるのか?
よっしーには正直わからない。

それはさておき、ハッキリわかったことが一つ。
間違いなく時は流れ、皆等しくを取ったということ。

ただ、卒業後多少でも逢っていた連中はまだ良い。
問題は本当に卒業以来20余年ぶりに逢った人々。

あまり正直な感想は書けないが(笑)、目の前のおじさんやオバサンが
自分と同じ年とはとても思えなかった(汗)

…ということは、向こうから見ると僕も同じように見えているということか。怖い怖い…

それでもよっしーは気だけは若い?
あるいは進歩を拒んでいるのかもしれない。

よっしー宅にあるオーディオ機器達の多くは中学〜大学時代に発売され、輝きを放っていた物達だ。
雑誌類も当時の物が大変多い。

ここのところまたしつこく登場しているCB50JX-1も1976年から1979年に売られていたものだ。

懐古趣味と言われるかも知れないが、よっしーは物心ついた時から懐古趣味だから年季が違う。

モラトリアム人間といえば、それこそ元祖モラトリアム人間だ。俄モラトリアムとは気合いが違う。

って、まあ自慢にもなんにもならないが、こんな人間が居ても良いだろう。


6月26日

メンテナンスという言葉がある。
要するにお手入れということだ。

万物にお手入れは大事。



(*ノーリードですが私有地です)

ももちろん、で獣医さんに行ってきた。
いささか遅いがフィラリアの検査と投薬だ。

お陰様で異常なし。ただ、ちょっと体重が増えていた。
しばらくおやつは控えめに?



こちらのメンテナンスも続くが、掛かる費用はの方が遙かに大きい?
何しろ健康保険は無いし、立派な生物だから。

犬を飼うとき、その後のメンテナンスに掛かる費用まで覚悟するのは
難しい。
いざとなれば莫大な費用が掛かる。
それが嫌なら飼うな、ということだろうが万札が千円札の如く消えていく
あのお支払いの瞬間の怖さは体験した人でないとわからない。

身の丈にあった物を買い(飼い)なさい、という事は
案外学校では教えてくれない。
乗り物で言えば外車なんか持つと本当に大変なことになる。

やっとこ手には入れたけど維持費に泣くというのは
本当は大人のやることではない。
かつて散々泣いてきたよっしーが言うのだから間違いない。

それからすると原付は良い。

まず自賠責だが5年まとめて払ってしまってあるから
あと3年くらい忘れていられる。
金額も笑ってしまうほど安い。

任意保険についてはファミリーバイク特約だから
年1.200円ほどだ。

ガソリンを満タンにしても1.000円でおつりが来る。
しかもそれで上手くすると500`くらい走れちゃう。
悪くても300`は行く。

オイル交換しても0.9gでこれも1.000円コース。

ブレーキもタイヤも、バッテリーも大したこと無い。

ただ、それでも負担と言えば負担だ。

CB50も本当はタイヤ交換した方が良い。
しかし今の所大した走りをするわけじゃあ無しとごまかしている。



*ピンぼけでスミマセン

いや、その前にキャブのセッティングか。

ご覧の通りプラグが黒い
混合気が濃いわけだ。

キャブの調整。場合によってプラグの熱価下げ。

後は点火時期だが、面倒なのでキャブやプラグでおさまってくれる事を祈る。


6月29日

ところで7日頃の日記でプリアンプC-2Xの出力をデジアンLXT-OT1に繋いで
使っている旨記載がある。

ある方からご指摘頂いたが、この使い方はよろしくない

詳細はややこしいので省くが最悪プリアンプが壊れるとのこと(汗)

幸いなるかなよっしーはその接続は超短時間で解除してしまっていた
(デジアン単体で使いたくなったので)
ため何も起きなかったが、長時間やっていたら惨事に繋がっていたかも??

とにかくここに訂正記事?を書き、7日の日記にも注釈を入れさせて頂く事とします。

ある方、はいつも遠くからよっしーのサイトを見つめてはご助言を下さっている。
この場を借りて改めて御礼を言わせて頂きます(感謝!)


それで…という訳ではないのだが実は現在プリC-2X+メインHMA-9500
聴いている。

デジアン単体使いに文句はない。

ただ、入力切り替えがないのがちょっと不便。
それとスピーカーマトリックスをやりたくなった。

そうなるとLXT-OT1では出来ない。
(一種のバランスアンプなのでやったらアンプが壊れます)

フロントのP-610平面バッフルだけで充分満足していたが
リアにコンコルド105を加えると一層楽しい。

ちょっと試してすぐ引っ込めるつもりの平面バッフルだったが
これは当分居座りそうだ?


6月30日

時が経つのは速いもので母が亡くなり20年が過ぎた。
そして長男が20歳になった。

俄に信じがたいが事実である。



それに合わせた

…わけでは全くないが、が二冊目のを出した。

87歳の憂鬱」芳垣悌次郎著 文芸社刊

一般性は非常に薄いが、父の半生期的な物で
昭和という時代を振り返っている。

皆さんにとってどうかはわからないが、僕にとっては意味のあるものだ。

願わくば家族にとって意味のあるものとなると良いのだが
例えば20歳の息子がこの内容を理解…
以前に関心を持つことさえ期待できない。

それでも刊行したこと自体に意味があると思う。

その父だがタイトルの通り87歳。
大正14年に生まれ物のない時代に育ってきた。

だからケチは筋金入りで、よっしーなど足元にも及ばない。

よっしーの目の前にはコンパネを適当に裁断した平面バッフルスピーカーがあるが
まともなインテリア感覚があったら絶対に置かないであろう代物だ。
この非常識なフィーリングは、認めたくないが父譲りだろう。

しかし、例えば昭和30年代には、これだってあれば羨望の目で見られるに違いないと思う。
父に言わせれば酔狂で贅沢な物でしかない。

父の生きてきた90年弱は激動の時代であり、その変化の幅たるや
僕ら世代のそれの比ではない。

それは色々考える事だって多いだろう。

…いかん、段々まとまりが無くなって来た。

とりあえず平面バッフルは充分立派な音がしている。

何より(繰り返しで申し訳ないが)人の声が良い。
温もりがあってリアルなのだ。

故にFMを聴く頻度が高まる。

今もラジオドラマを聴いているがサイコーである。



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