4月14日

アウトローに憧れた事のない小市民というのは
居るのだろうか?。

きっと誰でもそうなのだろうが、
精神に喝!を入れてやりたくなる時もある。

よっしーの場合は、そんな時ふっと大藪春彦さんの
小説を読みたくなる。

今回は「裁くのは俺だ」をチョイス。
と言うか、古本屋さんで出会ったのを買い求めてきた
だけなのだが、、。

一気に読み終えて最後に梶研吾さんの書かれた後書き
読んで思わず唸ってしまった。

図らずも長期入院などという憂き目にあってしまった
最前線で戦う男達が、入院中決まって読みふけるのが
大藪作品だという事例が挙げられていた。
(註 梶さんも入院経験有り)
梶さんはこのように解説する。

“真に優れたエンターテイメントとは、
それがどんな人間であれ、その者が心の窮地に立たされた時、
分け隔てなく救い上げる事が出来るのだ。
どんなに深い暗闇の淵からも、
その者の魂をサルベージする力を有するのだ。

これは凄いことだ。
いかなる偉人の言葉も、いかなる宗教の教えも、
たとえ一段でも高い場所から落とされる限り、
土にまみれて地上で生きる人々には届かない。

だが、大藪春彦は違う。

常に読者の為にのみ、その身を削るようにして、
小説を書き続けてきた作家なのだ。

(中略)

そうやって、ひたすら読者のことを思い、あくまで無償の愛情をもって
書かれた大藪春彦のエンターテイメントノベルだからこそ、
あるいは神にも増して、人の魂を救済する力を持ち得たのだろう。”

優れた小説の解説に相応しく、梶さんの文章もまた
それだけでお金を払いたくなるような素晴らしさに満ち溢れているので
気が付くと全文引用してしまいそうになる。


だからどうした?と言われるとどうもしない。

よっしーが読後いきなりライフルを連射したり
改造車で夜の246を走り出したりする訳でもない。

まあ一瞬カンフル剤を打って貰った気分だろうか。

僕は相変わらず小市民のままである。

カートリッジと言ってものそれではなくて
レコード再生用のそれを引っ張り出すのであった。

常用ではないのだが年に何回か引っ張り出す
カートリッジにコンダクトYC−05Eがある。

既に何回か解説しているが、横浜工学という
メーカーが’70年頃開発したMMカートリッジだ。

販売されていた頃は高い評価を受ける事もなく
不遇に終わった反面、一部では圧倒的な支持も受け
幻のポイントファイブ”と呼ばれる事もある。

僕自身は4年位前に、雑誌の売買欄を通じて
偶然手に入れる事が出来た。

その頃は今とは随分環境が違ったのだが
繊細さにおいてL−1000をも置き去りにする
音色に、かなりびっくりさせられたものだった。

だが、しかし、再生環境の変化に伴い、
何故だかこのカートリッジにおいては以前の方が
音が良かった
と言うもどかしい状況がここ最近は続いていた。

幻の、、とは言え齢30余年のカートリッジ。
あまりムキになっても仕方あるまいと気持ちを抑えつつも
時折出していた辺りが涙ぐましい。

今日も今日とて取り出したのは
ZYX+WE−506/30の素晴らしさは認めつつも
別のスタンダードを探し求める欲張りな気分から。

既に過度な期待をする気もなく、
GT−2000+DV−507に装着してレコードを掛ける。

それこそ大藪作品を読みながら
イージーリスニングと決めていたのだ
何故だか耳の方を引きつける音が発せられている。

「???」。

レコードをあれこれ掛け替えるが
その冴え冴えとした音は幻ではなくて
確かにそこに有り続ける。

これは一体何が起きたのか?と首を傾げるが
音が良い分には文句は言えない?。

よくよく考えてみると、3月頭に聴いた時は
GT−2000で標準アームだった。

それにしても、ちょっとここ迄の違いは無いでしょうと
疑問に思い、改めてカートリッジを観察すると
高さ調整がアバウトだったためか、やや前下がり
取り付けられている。

ひょっとしてこれが功を奏したか?
それ以外に思い当たる事が無いので、
そう言うことにしてしまった。

どうもこの辺りがアナログは魔物と言われる所以だが
ちょっとしたことで音はコロッと変わってしまったりするから
恐ろしい。

まあ、正直そんな事はどうでも良くて、
とにかく驚く様な音が連発されるので
参ってしまった。

まるでダイヤモンドカッターで板ガラスを
切り裂いて行くような鮮烈で小気味良い音。

何を聴いても素晴らしいが、今日のところ
一番嵌ったのが「ギターとバイオリンの為の
夜想曲と二重奏
」(独SCHWANN VMS 1034)
A級外盤セレクションNo.188のあれだ。

あまりの美しさに何回も繰り返し掛けてしまった。

気が付けばすっかり小市民に逆戻りである?。

しかし、このカートリッジ、大阪万博の年の物なのだよね、、。


4月15日

最近はSAECの話題が続いていたが、
このコンダクトの開発者がSAECに流れたと言うのは
割と有名な話しだ。

長岡先生の「日本オーディオ史2」のP17にも

横浜工学でコンダクトを作っていたTさんは
SAECを起こした
”となっている。

後のSAEC C−1C−3とコンダクトが
どこか似ているのは道理なのだろう。

独特のまな板型スタイルはアキュフェーズの
AC−1AC−2などとも似ている。

そう言えばSAECのセラミックシェルを入手した動機は
このコンダクトをSAECのシェルに取り付けてみたいという
割と単純なものだった事を思い出した。

でも、その後コンダクトの移設はしていない

何故なら齢30余年のカートリッジなどというのは
ちょっとした弾みにボディがバラバラになる危険性が
十分あるからだ。
リード線部分なんか、特に危険である。

結局怖くていじれない
だからシェルはLT−13初代のまま。
リード線の交換も実施していないのである。

敢えて危険な橋を渡る必要もあるまい。
とにかくコンダクトはただ今絶好調。

しつこいけど、これで聴く「ギターとバイオリンの為の夜想曲と
二重奏」は絶品である。

馬鹿みたいに繰り返し聴く事にしよう。


4月18日

別冊FMfan別冊FMfanと騒いでいたら
ある方からバックナンバーを貸し出して頂けた。

No5,6,7,12,15,17,25,27,28,29。

ああ、なんて懐かしい内容なんだろう、、。


4月19日

人様からお借りした物をアップしてしまうのは
いつもながら気の引ける事ではある。

でも、やっぱり貴重な文献に書かれている事を
よっしー独り占めには出来ない?。

さて、別冊FMfanの看板の一つは
長岡先生のフルテスト

読む側からすると楽しくて仕方なかったこの企画だが
テストする側は堪らなかっただろうなぁ〜と
今になると思える。
(遅い?)

さて、そのフルテストだが
どうやら先に取り上げた9号のカートリッジフルテストや
11号から上の画像の12号に渡るプリメインアンプフルテスト
辺りが量的には頂点だった様だ。

この後が手抜きになったと言うのではなく、
この頃がクレージーだったと解釈すべきだろう。

とにかく並の分量で無かった。
毎回やっていたら身が保たない?。

しかし、29,800円のプリメインから手抜き無し
きっちりテストする姿勢には頭が下がる。

誰と限らず人間というのは欲張りなものなので
一旦良い音を耳にしてしまうと、明らかにそれとは
異なる世界の音を聴き続けるのはなかなか大儀な筈だ。

それでもせっせとエージングして
あれやこれやテストし続けるというのは
それが仕事とは言え立派な姿勢としか言いようが無い。

でも、さすがにこのプリメインアンプフルテストの時は
長岡先生も疲れちゃったみたいで
12号の記事の冒頭の「テストを終わって」というコラムの
中では、ぼやきとも思える発言をしている。

“実は47機種、さんざんテストして、もちろん
こればっかりやっていたわけではないが、
プリメインアンプの音にいささか中毒して、
オーディオなんてこんなものだったのかなとイヤ気がさし始めた、、、。”

“さて、22台目、通算47台目を聞き終わって、
念のためと、自家用装置に切り替えて
レコードをすべて聞き直してみた。
切り替えたといってもアンプ以外はそのままである。
(註 C−3+B−1)

しかし、出てくる音はあまりにもちがった

広大なレンジ、圧倒的な力強さ
数倍から数十倍も多い情報量
しかも、キメ細かく、ツヤがあって、ふっくらとして豊かで、
なによりも広々と、深々と広がる音場ケタちがいだ。
プリメインアンプでは人間不在の自動ピアノ、自動オーケストラ(?)
の感じで鳴っていたものが、そこに演奏者がいて
確かに演奏しているのがわかるのである。

顔の表情、息づかい、指の動き、
これはゴツゴツした手だナ、これはしなやかな指先だ、
何を着ているのかな、といったことまで伝わって来るのだから
なんとも不思議である。
やはりプリメインアンプと本格的セパレートアンプの
差は大きいと痛感した。”


念のために書いておくが
これは別にプリメインアンプを蔑視しているのとは
訳が違う

“47台もプリメインアンプを聴いて
疲れちゃった〜”というぼやきと思うのが正しい。

ホントにご苦労様でした、と申し上げたい。

それでも、この頃はまだ29,800円のプリメインアンプの
テスト記事を食い入る様に読んで
あれとこれとどっちを買おう?と真剣に悩む層が確かにあったのである。

少なくとも僕は必死になって読んでいた

その事がひたすら懐かしい。

そして、自分という個人にとっても、
また日本のオーディオ界という大きな器にとっても
やはり良い時代だったと思わざるを得ないのである。

今じゃあテストしようにも47台もプリメインは
集まらない。

良い音とか少しでも良いステレオ装置に
関心を持つ人がいっぱいいた。

そんな時代にオーディオに熱中出来た。
その事を素直に喜びたい


4月22日

友人のカルネさんがお泊まりで来訪。
(勿論ハンドルネーム。20年近いおつき合いの
女性の友人です)


で、一緒にそごうの「ドラえもん展」に行った。

別に僕もカルネさんもドラえもんマニアではないのだけど
カルネさんが、そこでしか売っていない
小曽根真トリオのCDを買いたいと言うので
同伴して僕も同じCDを買い求めた。

二曲入りで「ドラえもんのうた」と
青い空はポケットさ」が収録されている。

もちろんJAZZ風のアレンジ。

“あなたのドラえもんを聴かせてください”
というリクエストで作られた物。

曲も良いが録音も結構いける。
お客さんには喜ばれそう。

ただ、一般のCDショップでは売られていないのが難点?。

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