さて、X−1UEに続いて X−1Uを拝聴する。 (シェルはテクニカのMG−9) その前にスペックだが、 「スイングジャーナル・モダンジャズ読本’77」 (’76年発売) によれば、 X−1UEが23,000円、 X−1Uが27,000円。 出力電圧:3mV コンプライアンス:12×1‐6cm/dyne 針圧:1,5±0,2g 自重:7,5g と言ったあたりは共通。 周波数特性のみ X−1UEの 10〜40,000Hzに対して X−1Uが 10〜60,000Hzとなっている。 両者の違いは針のみのはず。 ボロンさんのHPによれば、 X−1UEが楕円針&チタンパイプカンチレバー。 X−1Uがシバタ針&ベリリウム無垢材のカンチレバー。 X−1UはそのままCD−4対応。 X−1UEは針交換によって対応可能。 と、こうなる。 そのままCD−4対応のX‐1Uの方が 高域の周波数特性が伸びているのは当然なのだ。
後から調べたもの。 試聴は良くも悪くも先入観無しで行えた。 で、どうだったか?。 全体の印象は、当然ながら同傾向。 とにかく、両者共聴かせてくれるカートリッジなのは 間違い無い。 しかし、重箱の隅を突つくような事をするまでも無く わかってしまう位の違いが、双方にある事が興味深い。 どう違う?。 X−1UEが、 生真面目で己の確固たるポリシーに貫かれた音のする カートリッジだとすると、 X−1Uの方は もう少し融通がきいて、やや多彩になって、 歌い出したら止まらない陽気さを持った カートリッジと言う印象だ。
真っ先に印象に残ったのが その筋金入りのハイエンド。 とにかく、カツーンと決まり、 そのキッチリさ加減は 僕にとって麻薬のような快感をもたらしてくれた。 だからX−1Uを拝聴した時も、 ついつい部分聴きで、その辺りに耳が行ってしまった。 X−1UのハイエンドはEに比べると剛直さは後退。 とは言っても充分カッチリしているのだが 対比ではやや大人しくなり、 その分しなやかさと繊細さは向上。 Eの切れ味を日本刀に例えるならば、 X−1Uの方はかみそりの如くと言ってもよい。
Eに比べるとX−1Uの方が やや大袈裟に(大らかに?)鳴る。 Eを基準にすれば、X−1Uは やり過ぎと言う事にもなろうが、 X−1Uを基準にすれば Eは真面目過ぎると言う事にもなるのだろう。 また、眼前に迫り来る押しの強さと言うのは Eの方があって、 X−1Uの方は、もう少しお上品になる。 環境に恵まれ、奔放に育ったX−1Uと、 自分の力で今の地位を築いたE、みたいな感じがあって 実に興味深かった。 などと言う事が言えたのも、 両者を同時に聴くという僥倖に恵まれたからであって、 それぞれ単独で拝聴していたとしたら、 ここまでの事はわからなかったに違いない。 やっぱり僕は、果報者?。 (註 シェルやリード線による違いも、 あるいは有るのかもしれないですよ。)
テクニクス EPC−P205CMK4を拝聴した。 何と言うか、独特の外観、色をした カートリッジだ。 今回はSH-90Sシェルに装着された状態で 拝借したが、 このシェルのマットブラックとの対比も美しく、 ルックスのまとまりも、ちょうど良い感じ。 僕はこの分野には疎いので 詳しくはボロンさんの日記など参照頂くのが 宜しいかと思う。 さて、音が出た瞬間に、 ピンと来る機械と言うのがあるが、 このカートリッジも(僕にとって)その一つだった。 「これは相当楽しい音のするカートリッジだ。」 と直感した。 独特の艶やかさと、 良い意味でのオーバーな表現力を持ち合わせて、 楽しい気持ちで音楽を聴く事が出来る。 しなやかで、ふくらみが有って、 先に拝聴した、ビクター兄弟とは また違った趣がある。
物理特性一本槍。 定規で引いた様に一直線のF特、 と言う先入観を持つが、 205MK4はちょっと違うのではないか?、 と言う感想を持った。 テクニクスらしくない、とは言わないが、 何と言うか、205MK4は優秀な一族の 三男坊。 いや、四男坊、五男坊といった感じがある。 厳格な父母も、末弟に近くなると、 「まあ、この子は好きにやらせてあげましょう。」 みたいな事を考えるのではないかと思う。 結果、大変陽性で明るい子供に育った。 そんな感じがある。 ただ、勘違いしてはいけないのだが、 末弟(ではないかもしれないが)だとしても、 れっきとしたエリート一族の一員なのである。 暴れ放題などと言う事はまるで無くて、 お茶目はやるけど根底はしっかり者、と感じさせる あたりがさすがである。 加えて、野武士のような剛直さなどとは 縁が無さそうで、 この辺り、お育ちの違いと言うのは 各メーカー、カートリッジの音にも出るもんだ、 と妙に納得したりもした。
カートリッジのお話しが続いたので、 と言う訳では無いのだが、 ここで唐突にアンプのお話しとなる。 唐突に、とは言ったものの、 お宝はとっくに届いていたのだ。 たまたま、僕の事情で 拝聴するのが遅れていたのでした。 さて、アンプとは何かと言うと、 ’70年代後半、オーディオが一際輝いていた時代のプリ。 それもよっしー好みの薄型プリが二台。 更に’80年代初頭の、単売フォノイコライザーまで 併せてお届け頂いてしまっている。 ご提供者は?。 そう、北海道に住むあの方。 HGさんである。 (いつもスミマセン!。)
ヤマハC−2。 ビクターEQ−7070。 ラックスLE−109。 それでは、C−2から開封。 今更説明の必要も無い名器だろう。 初代C−2の登場は’76年、あるいは’75年?。 国産薄型プリの先駆けであり、 SN比は当時国内最高を誇った。 MCヘッドアンプ内蔵。 当時15万円だが、作りは圧倒的に良く、 さすがヤマハさん、良い仕事しています。 印象的なのはトップパネルがフロントパネルと 一体成型になっているところ。これは凄い。 スイッチのノブの質感も大変高い。 色はもちろんブラック。 ガンブラックとでも言うべきか?。 とにかく美しいプリアンプで、 眺めているだけでも楽しい。 まあ、理屈はさて置いて音出し。 最初はネッシーシステムに組み込む。 PRA−2000と入れ替えだ。 パワーアンプはHMA−9500U改のまま。 それと、EPA−100にはP−202Cが付いている状態だったので、 (limitedさんから拝借している物です) こちらもそのままで拝聴。 「、、、。」 いや、本当に言葉を失ってしまった。 何故って、あ然とするくらい美しい音がする。 と言っても、決して弱々しい音ではない。 実にカッチリしていて、芯のある音だ。 力強さも充分ある。 何と言ったら良いのか難しいが、 このプリの音は、独特の美学に貫かれている。 ソースによって、組み合わせる相手によって七変化、ではなくて、 何と組み合わせてもC−2の音になるのではないだろうか?。 もちろん、プリアンプと言うのは どれも多かれ少なかれそう言った支配力を持っているものだが、、、。
(カウンターポイントSA3と差し換え。 パワーアンプはA−10V) MCを聴いたり、CDを聴いたりとしたが、 とにかく印象の変わる事の無いアンプだった。 帯域は上下共に欲張っていないと言えば 確かにその通りなのだが、気にはならなかった。 暴力性も隠し持っているが、なりふり構わずと言う事は無く、 あくまでも品が良い。 楽器が何処にいるのかは、明確にわかるのだが、 音像には輪郭が無い。 フォログラフと言うのともちょっと違うのだ。 これも独特だ。 以上をひっくるめて “ヤマハビューティー”と言うのだろうか?。 とにかく、さすがに一時代を築いた名器だ、と 頷く事しきりの一日になってしまった。
続いては ビクターEQ7070の登場。 こちらの実物にお目にかかるのは 初めて。 ’77年発売。 当時178,000円。 Phono入力感度:2mV AUX入力感度:160mV 周波数特性:10〜100kHz Phono最大許容入力:300mV RIAA偏差:±0.2dB(30〜15kHZ) SN比:86dB(Phono) MCヘッドアンプ内蔵 それくらいしか資料が無くて申し訳無い。 以上はスイングジャーナル臨時増刊 ’78モダンジャズ読本(’77年発刊)より抜粋なのだが、 この’77年という年は国産薄型プリが 一斉にブレイクした年だ。 パイオニア C-21 ナカミチ 410 ビクター P−3030 オンキョー P−303 トリオ L−07C テクニクス 70AU ラックス C−12 ヤマハ C−2 ラックス 5C50 オーレックス SY−88 ソニー TA−E88 ざっとそんな感じだが、 さて、あなたはいくつご存知ですか?。(笑) ちなみに、EQ−7070の全高60mmは ニッコーC−201の50mm、 テクニクスSU−C01(コンサイスコンポのプリ)の 49mmに次ぐ薄さで、銅メダル?。 尚、C−2の全高は、72mmである。
音出しにかかる。 先ずはネッシーシステムに繋ぐ。 カートリッジその他はC−2の時と同じ。 「、、、。」 (↑お約束?) かなり元気の良い音がする。 奔放に鳴りまくる感じ。 これからすると、PRA−2000なんか大人しいもんだ。 音の固まりが身体にあたる。 そう、"あたる”、であって、"突き刺さる”ではない。 暴力性はあるが、破滅的なタイプではない。 喧嘩屋ではなくてスポーツマン。 ただし、お上品なアマチュアスポーツマンではなくて 時には泥臭い事もやる、プロスポーツマン。 とにかくエネルギッシュ。 ハイゲインなプリアンプである事は間違い無く、 どこかSA3にも似ている。
予想的中という感じで ロジャースをよく鳴らしてくれる。 そして、聴きこむ内に やはり、ただ鳴りっぷりが良いだけのプリではない事が 良くわかってくる。 何というか、"気配”に敏感。 全くの想像だが、位相管理が行き届いているのか?。 一つの例えで言うと、 ボーカルがマイクの前で 微妙に首を振っているのが きちんとわかるようなところがある。 (僕の気のせい?) 只者じゃあ無い。
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